ジュニアスキー

ジュニアアルペン競技とスキー全般についての情報ブログです。

加島祥造 人生が「空っぽ」になる前に(上)

加島祥造 人生が「空っぽ」になる前に(上)

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最初は、老荘思想や道教のような考えなのかと思ったら、全然違っていて、結構エネルギッシュで、反骨精神がある方のようです。

山の中に住んで、冬は毎日スキー三昧のような生活に憧れますけど、まあ、無理だろうな。

中島誠之助 「生き残った者の使命として」

中島誠之助 「生き残った者の使命として」

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復刻版は、こちら

村田吉弘さん 「父の教え 時代の変化、鋭く見つめ」

村田吉弘さん 「父の教え 時代の変化、鋭く見つめ」

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こういう話は、すごく好きです。(笑)

私も、若い世代のために何ができるかと、考えてしまいます。

昔は、こういうスパルタ式が、普通だったと思います。

でも、今の時代に、こういうやり方をすると、若い子たちはみんな辞めてしまいますから。

加えて、モンスターペアレントやマスコミに叩かれますし。

指導者にとっては、難しいですよね。

ただ、このぐらいの厳しさやプレッシャーの中で本人が這い上がれないと、トップになんかなれるわけないのも間違いないところと思います。

曾野綾子 「無辜の人」を求めるのではなく

曾野綾子 「無辜の人」を求めるのではなく

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事故等で不慮の死にあわれた方に敬意を表し、生前の業績をたたえるのは、ごく当然の行為かとは思いますが、戦場カメラマンということで、過度に美化されたのかもしれません。

ブータンの国王と王妃が来日されたときも、マスコミは、桃源郷を求めすぎかなと感じました。

曾野さんの場合は、特にイデオロギー的な美化の仕方が、癇に障るようです。(笑)

曽野綾子 「自分の特質生かして生きる」

曽野綾子 「自分の特質生かして生きる」

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彼女のこういう感性が、とても好きですね。

バイオリニスト・千住真理子 「無」の境地で舞台に立つ

バイオリニスト・千住真理子 「無」の境地で舞台に立つ

2012.8.6 03:09 産経新聞

 バイオリンに挫折したその昔、立ち上がるためにオリンピック選手を手本にしたことがある。長くバイオリンを弾かないということは演奏家にとって自殺的行為。「一生バイオリンを持たない」という間違った覚悟を決めステージを離れたダメージは大きかった。再びバイオリンを弾こうと決めた私を待っていたのは、まさに地獄のような日々。練習で弾けていても本番では弾けない。本番5分前まで弾けるのにステージに立つと一気に自信を失う…

 そんな時、オリンピック選手のメンタルトレーニング法について勉強した。横になり心を落ち着かせて自分が勝利し表彰台に立つことをイメージするという。心が行動を支配する仕組み、脳が身体の筋肉をつかさどるということは長年研究され続けている。限界を超えるほどの練習量と身体の調整、その中で選手は自信を身に付ける。しかし、最も重要なのは心のあり方なのだ

 「人間は考える葦(あし)だ」というが、むしろ考えすぎてしまう。応援してくれる方々のこと、支えてくれた人のためにも頑張らねばならない。皆が期待すればするほど何とか期待に応えたいと思いが募る。心が興奮し、筋肉をも硬直させると思いもよらぬ失敗に遭遇する。ビギナーズラックというが、経験がないほうがいろいろ考えず成功する場合もある。経験者は成功の経験だけでなくさまざまな失敗の体験も身体で記憶しているからだ。「絶対に成功させたい」という強い願望は「もしや」という想像も呼び起こす。「自分は大丈夫だ」と自分に言い聞かせるが、「自分を信じる」のは実は最も難しい。自分のことは自分が一番よくわかっているからだ。他人をだませても自分をだますことはできない限界まで追い詰められたとき、不安材料が浮かび思考を混乱させる

 さて、私の場合、20歳からの2年間の空白後、再びステージに出るようになってからの7年間は「絶望」の連続だった。最初2、3年こそ不安が募る日々だったが、「弾けないかもしれない」という不安は次第に「弾けないに違いない」という確信へと変化を遂げる悪夢が待っていた。どうにか抜け出したいともがいた私は、10時間を超える練習に加え、さまざまなメンタルトレーニングを試行錯誤した。

 「問題は脳だ」と考えた。脳が身体の筋肉や神経を支配するなら、逆行すればいい。脳をリラックスさせるためにさまざまなことを試した。声を出して笑う、身体をブラブラほぐす、ガムをかむ、独り言を言う、考えすぎてパニックに陥るのを防ぐため何も考えない。つまりこれが「無」の境地なのかもしれない。

 本番前、控室で部屋を真っ暗にする。椅子を並べて横たわり、考えない努力をする。頭の中に浮かんでくるさまざまな雑念を一つずつつまみ出すイメージだ。そうして約30分、脳がスッキリ、ニュートラルになると、そのまま本番へ向かう。訓練で蓄積された身体に身を任せて「無」であり続けようと努力をする。これが今、私が得た本番対処法だ。

 まだまだ続くロンドン・オリンピック。興奮した応援合戦の渦の中、期待された選手に降りかかるさまざまな試練-。どうか選手の心が「無」となり静かに燃えるのを願いたい。(せんじゅ まりこ)


この方は、音楽の才能だけでなく、頭の良さと鋭い感性を備えた稀有な方だと思います。

目的を達するために、感覚を鋭くした上で、適切な判断を下すことができる能力を持っています。

スポーツにも通じる能力だと思います。

「母の車いすを押して」 アナウンサー・町亞聖

「母の車いすを押して」 アナウンサー・町亞聖

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産経新聞(2012年6月5日ー7日)

『苦労人の文学』佐藤忠男著 関西大東京センター長・竹内洋

『苦労人の文学』佐藤忠男著 関西大東京センター長・竹内洋

2012.6.3 09:10 産経新聞

日本型エリートの道徳的支柱とは

 「苦労人」は、年輩者に懐かしい言葉だろう。辛苦をなめてきたが、それを人間的成長の糧とした人だから人情の機微がわかるりっぱな人という意味だった。反対語が「お坊ちゃん」。苦労していないから、人間の器が小さいとされた。

 人生には不条理や理不尽がつきまとう。それを飼い慣らすだけでなく、人格的鍛錬の糧にしていくという物語が込められていた。吉川英治や山本周五郎、長谷川伸(しん)などの小説や演劇、映画が多くの庶民のファンをもったのは、人々がそこに苦労の意味を読み込んだからである。

 しかし、経済の高度成長や戦後民主主義教育の浸透とともに、苦労人という言葉が使われなくなった。不満があれば、すぐさま口に出す自己主張が当然のこととされた。少し辛(つら)いことがあれば、癒やされたいと言い始めるにいたった。

 そんな時代のはしりに、わたしは本書に出会った。近代的自我とか主体性とかのインテリ用語にかぶれていたわたしは、自分が大きな間違いをおかしていることに気がついた。

 吉川も山本も長谷川もみな小学校程度の学歴だが、本書の著者もそうである。だから本書は、「苦労人の文学」を読み解くに打って付けの著者の筆になるもの。日本人が生活の中から編み出した智慧(ちえ)が腹にすとんと落ちる。庶民の矜持(きょうじ)、まさに一寸の虫にも五分の魂とはどのようなものかを示してあまりある。

 翻ってみれば、かつての日本のエリートには、こうした大衆の苦労をおもえばこその大衆に対する「負い目」というエリート・コンプレックスがあった。それが日本型ノブレス・オブリージ(高貴なる者の義務)にもなったのである。

 いまはどうだろう。大衆は自己の権利と不満を主張するに急である。だから、エリートは大衆に負い目どころか、引きずりおろされる恐怖さえ感じている。指導者の劣化といわれるが、醜い大衆の反映にしかすぎない。(千曲秀版社・絶版)

                   ◇

【プロフィル】竹内洋

 たけうち・よう 昭和17年、新潟県生まれ。京都大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学(教育学博士)。専門は教育社会学。京都大教育学部教授などを経て、現在は関西大東京センター長。著書は『大学という病』『丸山眞男の時代』『革新幻想の戦後史』など多数。

                   ◇

 『苦労人の文学』は、昭和5年生まれの映画評論家・佐藤忠男さんの評論。松本清張や椎名麟三ら非学歴エリートの近代作家が、厳しい庶民の日常の中、いかに自らの文学を生み出したかを論じる。


追記:

ノブレス・オブリージュ(仏: noblesse oblige、フランス語発音: [nɔblɛs ɔbliʒ] ノブレッソブリージュ)は、直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、日本語では「位高ければ徳高きを要す」などと訳される。一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。

(中略)

倫理的な議論では、特権は、それを持たない人々への義務によって釣り合いが保たれるべきだという「モラル・エコノミー」を要約する際にしばしば用いられる。最近では主に富裕者、有名人、権力者が社会の模範となるように振る舞うべきだという社会的責任に関して用いられる。

「ノブレス・オブリージュ」の核心は、貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない社会の心理である。それは基本的には、心理的な自負・自尊であるが、それを外形的な義務として受け止めると、社会的(そしておそらく法的な)圧力であるとも見なされる。

法的な義務ではないため、これを為さなかった事による法律上の処罰はないが、社会的批判・指弾を受けることはしばしばである。(Wikiより)


SAJやスキー・ジャーナリズムが強く批判される根拠も、この「ノブレス・オブリージュ」にあるのだと思います。

本来、(スキー)ジャーナリズムは権力と対峙する(あるいは是々非々の)存在なのですが、日本の場合は、迎合していますので、同じ扱いで良いものと思います。

スポーツ選手が、社会的責任を求められるようになってきた理由も、彼らがやはり「スポーツ・エリート」だからでしょう。

自分の都合・利益だけではなく、進んで社会のために良いことを行っていく。

そういう意識と行動が必要なのでしょう。

「負けるもんか」

Honda CM「負けるもんか(プロダクト)篇」



「頑張っていればいつか報われる。持ち続ければ夢は叶う。そんなのは幻想だ。たいてい努力は報われない。たいてい正義は勝てやしない。たいてい夢は叶わない。そんなこと、現実の世の中ではよくあることだ。けれど、それがどうした。スタートはそこからだ。新しいことをやれば必ずしくじる。腹が立つ。だから寝る時間、食う時間を惜しんで何度でもやる。さぁ昨日までの自分を越えろ。昨日までのホンダを越えろ。」「負けるもんか。」

ほんとに良いCM
現実は厳しい
だけど諦めたらそこまでだ
って思えた
japanltv 2 か月前

素直に感動した。
こういう企業の姿勢は本当に素晴らしい。
IOTAOMIKURON 1 か月前

CMは良くても肝心のクルマがね・・・
gikofussar 1 か月前

「これがホンダだ」という車を作って欲しい
しばらくお目にかかれていないぞ
iyozane 1 か月前 27

久しぶりに、本田宗一郎イズムを見させていただいた。
まだこの精神が本田技研に残っていたんだなぁ・・・
tsuyamizu 1 か月前

負けるもんか!って人それぞれの捉え方があっていいともう。 HONDAは、今の日本社会にいる人々にそういう気持ちを持って­いろんな事に臨んでほしいんじゃないかな。相手に対して負けるも­んか!じゃなくて自分自身の夢だったり目標に向かう時に挫折とか­苦労して諦めそうな自分に負けるもんか!メッセージだとうちは思­った。
tsmajor 1 か月前 6

閉塞感のある日本人への応援メッセージかも!?
TheCue66 1 か月前 4

クルマ好きが作ってくれているコトがうれしい。政治的な問題でF­1から撤退しているが、技術開発をSTOPしている訳ではない。­鞘には抜群のキレ味の日本刀を差していてほしい。いつでも抜ける­技術を期待しています。負けるな!
TheCheapface 1 か月前 再生リスト: Liked videos 12

自分がほんとうに欲しいと思うものを作って
naokoyoji 1 か月前 3

子供の頃からHONDAが好きで、20代半ばで初代インサイトを­手に入れ、存分にHONDAを楽しんだ。10万キロを超えて次の­HONDAを探したけど・・・、無い!?欧州車に乗り換えてしま­った。
CMで出てくるモノたちの間にもそれぞれ良いクルマやバイクがあ­るけれど、ここに出てくるのは全て HONDA発の「新しいコンセプト」を持ったモノたち。必要に迫­られて買うのではなくって、欲しくて欲しくてたまらないHOND­Aを早く作ってください!!待ってますから!!
zukkokeist1 1 か月前 7

90年代はホンダF1がすごかったから、母親のトゥデイに乗って­いてもなんか誇らしかった。
でもいまはただの家電品自動車メーカー・・・ 車輪付き横倒し冷蔵庫みたいな車はもういらない。
また熱くなれる車を作って欲しい。
kokudouful 1 か月前 3

いまはミニバンメーカーだけどねw
oosamaalpha 1 か月前

ホンダにはいつまでも、本田宗一郎さんの諦めずに夢を追い続ける­という想いの反映された企業であってほしいです。
日本人に対する応援のメッセージをしっかりと受け取りました!あ­りがとう!!
YAMBOW1 1 か月前 5

ここでいい、いい、ってほめたたえたところでそれはCM制作とそ­れにゴーサインを出した広報部門への評価に過ぎないんだよ。
CMの出来を誉めてるだけ。釣り目のミニバンばかり造ってユーザ­ーをガッカリさせてるのはどこのメーカー?
創始者があれほど乗り続けているユーザーがいる限り部品供給を止­めるなといい続けたのに雲上に召された途端に、軒並みご相談パーツばかりでガッカリさせ­ているメーカーはどこ?
CMの次に始まる勢いをこれでもかと、見せていただきたい。
nerimaexpress 1 か月前

日本の車は全てが素晴らしい。
ホンダさんだけじゃなく。トヨタ、ニッサン、スズキ、ミツビシ、­スバル、ダイハツ、マツダ・・・各社皆思ってるはずです。「負け­るもんかっ!!」って(^^)
今までだってやってこれたじゃない!「世界に誇れる車作り」を・­・・
「負けるもんかっ!!」の気持ち大事ですよね。
これからも、更なる「世界に誇れる車作り」頑張って下さい。期待­しています。!(^^)!
Rosary1967 1 か月前 3

今日もまた怒られて、同僚が辞めて、契約取れなくて、でも絶対負­けるもんか!!
KyoukaSuige2 1 か月前

先日、豊田社長も語っていたけれど、「売れる車」を作ろうとして­しまったから今のホンダになってしまったのだと思う。マーケット­に惑わされて素人である顧客の顔色伺って筋の通ってない車を出し­てコケる。
Appleがそうであったように、そして昔のホンダがそうであっ­たように、車のプロフェッショナルの目線で、「これがいい!いい­車とはこういうものだ!」と胸をはれる車を出してほしい。
負けないでほしい!応援しています。
kurudrive fidacbb さんへの返信 (コメントを表示) 3 週間前 42

乗ってみたい。運転したら楽しそう。
そんなわくわくするような車が昔は沢山あった。
維持するのに手間暇かかってもそれを惜しむことなくやれるだけの­魅力があった。
そんな車が今は環境、低燃費偏重によって存在が皆無に等しい現在­の車…
売れる大衆車を作ることも必要だが乗って楽しいドライバーをドキ­ドキさせるような車をまたつくってほしい。
don1207 1 か月前 2

そうだよな...、以前のHONDAは明朗明確なコンセプトを提­案した車が沢山あったのに、いつ間にやら万人受けを狙った車しか­ないもんな。
jyaigo 1 か月前 3

本田宗一郎と比較するのではなく、自分の中の「負けるもんか」を­持つことが大事なんだろう。
歩む歩幅は本田氏とは違うかもしれないが、己が確実に前進するた­めのエネルギー、それが「負けるもんか」だと思う。
他人と比較しては駄目。
EliteOvation 1 か月前 11

ファミリーカー専門メーカーになった会社が何を言う?
ホンダスピリットなんて、F1撤退した時点で泥の中だよ。
今のホンダを見たら、本田宗一郎は嘆くだろうなぁ。
スポーツカー好きはもう、スバルとかに逃げてるよ。
ホンダの社員でさえ、欲しい車が無いんだから。
hiro01deadperson 1 か月前

子供の頃、ホンダのアイディアコンテストを見てさ こんな会社に入りたいって思ったよ。此処なら何かさせてくれそう­って。結局そんな夢は叶わなかったけどホンダのバイクをホンダの­車を乗ることで応援している気持ちになった。微力だけどね。夢を­追い続ける少年のような会社ってのは昔から変わってないんだね。­
silverbluestorm 1 か月前 19

「新しいことをやれば、必ずしくじる」に強く共感しました。強く­…、強く…。
batteraittyo 1 週間前 3

ホンダの体質がどんなのかは知らないけど、いいCMだと思う。
みんな小利口になったつもりで努力を蔑んで人の足引っ張るけど、
挑戦が今一番足りないものだと思うな。
GlassesTroll 15 時間前 2

HONDAらしくていいなぁ
朝からこれみて泣いた
mineg0n 9 時間前

でもね、HONDAさん
「努力は報われる」っていうことを教えてくれたのもあなたたち日­本企業の先駆け達なんです
だから日本はいつまでも上をみて走っていられるんですよ
あなたたちに頑張ってもらわねば我々は何を目標に向かっていけば­いいんでしょう
だからこそ
何度でも、踏ん張って、悔しがって、のたうちまわって
頑張って欲しい
rodes99 7 時間前

成功する人は、努力をし続ける人。
夢を諦めない人が成功するってのは、半分当たってる。
夢を諦めないで、努力し続ける人が成功する人ですね。
s2000mrs 2 時間前


マラソン選手・藤原新「もう走ること以外は考えなくていい」

マラソン選手・藤原新「もう走ること以外は考えなくていい」

以下は、産経新聞の連載からの抜粋です。

2012.5.13 07:49 [彼らの心が折れない理由]

貯金を切り崩しながら孤独な戦いに挑んだ

 ロンドン五輪出場を決めた後、藤原は自己の選んだ道の険しさを静かに振り返っていた。

 「2010年3月31日をもって、JR東日本ランニングチームを退部し、フリーになりました。つまり、収入が途絶え、練習環境も一変したんです」

 藤原がJR東日本をやめた最大の理由は、ランナーとしての閉塞(へいそく)感だった。

 「僕自身はマラソンでの可能性を徹底して追求したかったんです。もちろん、チームで戦う駅伝の大切さは分かっていますし、駅伝を走ることの使命感もありました。けれど、ランナーとして五輪でマラソンを目指すには、両方は無理だと感じていたんです。マラソンのためのトレーニングだけを求めたとき、自分はこのチームから出なければならないと覚悟しました」

 チームを辞めた藤原は、トレーニングパートナーとともにマラソンのための生活を始めた。

 「家賃10万円の国分寺のアパートに暮らし、自分でトレーニングメニューを考え、日々を過ごしていました」

 貯金を切り崩しながらの生活に不安がないわけではなかったが、自己の選択を否定しないためにも言い訳は許されなかった。

 「ところが、やはり一人でいると、まるでフリーフォールで落ちていくように気持ちが沈んでいきました。このままでいいのか、無収入のまま本当に五輪を目指せるのか、と

 10年の夏、ある企業とスポンサー契約を交わすことができたが、約束された支援は途中で途絶えた。

 そして、あの震災を迎える。

 「昨年3月11日、東日本が壊滅的な損害を受け、多くの方が亡くなった。日本人全体が『震災以前に戻りたい』と考えるような空気があった。僕も例にもれず、情緒的になって『昔はよかったな』と考え始めていたんですよ。否定したはずの実業団にいた頃の自分、チームメートと一緒に走っていた頃の自分を、懐かしがっていた

 負の思考のスパイラルは、藤原をどん底にまで引きずり込んだ。

 「このままでは自分は終わってしまう、と思いました。そこで、引きこもっていた国分寺のアパートを昨年12月に引き払い、国立スポーツ科学センターに入ることにしたんです。陸連の強化選手とJOCの強化選手ということで許可されました」

 国立スポーツ科学センターの宿泊費は3千円、朝昼晩の食費が3千円。合計で1泊6千円だった。

 「1カ月が30日として、月18万円。貯金の額と相談すると、1年ほどなら大丈夫だった。これで自らを追い込む環境が整うのであれば、思い切っていくしかないと腹をくくったんです

 すでに30歳を迎えていた藤原に、思い悩む時間はなかった。

 骨折や靱帯(じんたい)断裂など、重傷を負った選手が治療とリハビリを兼ねて国立スポーツ科学センター(JISS)に長期滞在することはあったが、五輪を目指すマラソンランナーが、たった一人でJISSに寝泊まりし、トレーニングすることなど、これまでに例がなかった

 だが、藤原新はそれを決断する。

 「フリーになって国分寺のアパートにいたときは、マラソン以外のことを考えてしまい、心配になって、走る力すら失っていた。ならば、マラソンのことしか考えられない所に自分を追い込もうと思ったわけです。JISSは、アスリートが記録や勝利を目指すための場所。絶対に気持ちも切り替わっていくはずだ、と思いました」

 案の定、藤原の意識は一気に反転した。フリーになったことを後悔し、収入がないことで大きな不安に苛(さいな)まれていた彼の心は、マラソンに最適な肉体を作ることと、タイムやペース配分の緻密な計算と、理想的なレースを展開するためのトレーニングに向いたのだった。

 「嫌でも自己の肉体のことを考えざるを得ないんですよ。ぼーっとしていたら、とにかく目立ってしまう。それに、『時間があるならトレーニングしろ!』とプレッシャーがかかりますから

 医師がいて、トレーナーがいて、栄養士がいて、という満たされた環境で、どうすれば求めるタイムで42・195キロを走りきれるのか。そのことだけに集中できるようになった。

 「何より大きかったのは、変わり者の僕を誰一人、異端視しなかったことです。そこにいる時点で、“特訓”をやるのは自然の流れだし、周りのアスリートも当然トップレベル。自分が何のためにここにいるのかということを、強烈に意識づけられましたね

 藤原はその施設を最大限に活用し、マラソンランナーとしての覚悟を固めていった。

 「フリーの頃から、JISSではトレーナーのもとで、腹直筋や腹横筋、後背筋など、体幹筋を鍛えるトレーニングを行っていたのですが、住むようになってからは、さらに体幹を徹底的に鍛えました。また、体調を確認するために医務室に行ってはよく血液検査もしてもらいました。ヘモグロビンの数値なら15分程度で分かるんですよ」

 常に自由であった自分にとって、医師やトレーナーの監視下で、マラソンのことしか考えられないという状況は、苦痛になるのではないかと考えたこともあったが、その一切は案じ過ごしでしかなかった。

 「もう走ること以外は考えなくていいんだ、とすっきりしたんです。不安を掘り起こしたら止めどないことも事実でしたが、オリンピックを目指すのだから、今は脇目もふらずにやるしかない、とすっぱりと割り切れた

五輪への情熱が周囲にも伝わっていく

 藤原がマラソン代表を目指すことに集中できたのは、人生のパートナーの支えもあった。

 「当時、まだ籍は入れていませんでしたが、彼女との間に女の子が生まれて、僕は父親になっていました」

 2006年、研修医だった優子さんと東京で知り合い、一緒にジョギングをしながら、交際を深めた藤原は、家族を持ちたいと望んだ彼女に「オリンピックを目指す自分は、すぐには結婚できない」と告げていた。

 「娘が誕生した後も、彼女は『子供は自力で育てるし、生活のことも心配しなくていい。あなたはマラソンにだけ全力を注いでください』と言ってくれた。11年10月に入籍しましたが、産婦人科医として働きながら、一人での子育ても意に介さなかった彼女のサポートがなければ、トレーニングに没頭することはできませんでした」

 12年を迎える頃になると、練習も一変した。それまでの練習パートナーは実業団に戻り、藤原は文字通り一人になってしまった。すると、陸上競技の世界とは無縁の知人が、トレーニングに付き合うと申し出た。

 「実業家のその方は、まるで当たり前かのように『じゃあ、やるか』と、パートナーを買ってでてくれました。ラップタイムを取ってくれたり、自転車で伴走してくれたり、練習コースまで車で送り迎えをしてくれたり。もちろん、無償ですよ」

 藤原が抱いた五輪への情熱は、周囲の人々にも確かに伝わっていた。

 「自分は、ただ思い通りに突き進んできただけです。それを理解してくれる人たちがいたからこそ、自由に振る舞えた。あの頃は胸に秘めていた感謝の思いが、『絶対にやらなければ』との思いに繋(つな)がっていきました

 トレーニングは、荒川沿いにある荒川彩湖公園(さいたま市桜区)で行った。片道3キロで折り返して往復6キロのコースだ。

 3日か4日に1度の割合で行うハードな練習では、スピードを上げ、肉体を極限まで追い込んでいく。

 「ハードなトレーニングにも、いろいろバリエーションがあります。例えば、3キロ5本や6キロ3本、9キロ3本と、自分の気分と体調でその日の距離を決めていきました」

 15キロ以上の長い距離をひたすら走りたいときは、折り返しのない周回コースになっている千葉の富津岬まで足を延ばした。そこはJR東日本時代から使っていたコースだった。

 そうして体を作り上げながら、マラソンの実走にも取り組んだ。

 「42・195キロを走るときには、ゆっくり走ります。実際のレースは、大体1キロ3分ペースで推移するわけですが、練習では3分半ぐらいのペースで37キロまで走り、そして、ラスト5キロを全力で飛ばすんです。最後の5キロを3分ペースで走るトレーニングは、実戦に向けたいい練習になりました」

 「家」であるJISSに戻れば、筋力トレーニングやリハビリ室での体のメンテナンスに力を入れ、医師のアドバイスで足の裏のけがも克服できた。一か八かの決断が功を奏した藤原は、2月26日に挑んだ東京マラソンで、一瞬たりとも怖いと思うことがなかったという。

 「25キロ地点で集団から離れたり、ふくらはぎがつったり、計算通りにいかないこともありました。以前の自分なら、『俺、どうなるんだ?!』と怖くなる瞬間もあったのですが、今回は、本当にそれがなかった。なぜなら、できる限りの練習をして、何が起きても大丈夫な準備ができていたからです。良いことも悪いことも、すべてのシミュレーションをしていたから、的確な対応ができました

走る感動は父が教えてくれた

 北京五輪までに46人を数える五輪男子マラソン代表。その中に新たに名を連ねた彼は、長崎県諫早市で生まれた。姉と2人の妹と弟の5人きょうだい。長男である藤原は、自然の中でのびのびと育った。

 「両親とも諫早の出身です。走ることは畜産の獣医師をしていた父の影響で好きになったんですよ」

 父親は、鹿児島大学の学生だった時代、山岳部に所属し、日本や海外の山々を登っていた。

 「獣医師になって本格的な登山から離れた後も、父は体力作りのために走っていたんですね。そのジョギングに幼い僕もついていったんです」

 幼稚園の頃、4、5キロ離れた場所まで走り、辺りを見渡すと見たこともない風景が広がっていた。

 「歩いては来られない遠い場所にたどりついていたんです。目の前に迫る山を見上げながら『走るって、自分の知らない世界に行けるってことなんだ』と、感激したんですよ」

 それが、マラソンランナー藤原の萌芽だった。(ノンフィクション作家・小松成美)

                   ◇

【プロフィル】藤原新

 ふじわら・あらた 1981年9月12日生まれ。長崎・諫早高、拓殖大、JR東日本、フリーを経て、今月からミキハウスとスポンサー契約を締結。初マラソンは2007年のびわ湖毎日マラソン。08年の東京マラソンで2位となり、北京五輪では補欠代表。今年の東京マラソンで2時間7分48秒の自己ベストを出し、日本人トップの2位。ロンドン五輪代表に選ばれた。

                   ◇

【プロフィル】小松成美

 こまつ・なるみ ノンフィクション作家。第一線で活躍する人物のルポルタージュを得意分野とする。著作に『中田英寿 誇り』(幻冬舎)、『YOSHIKI/佳樹』『アストリット・キルヒヘア ビートルズが愛した女』(角川書店)など。


私が考えるポイント。

①孤独な環境では強い意志を持ち続けることが難しい。

②良い環境に身を置くことにより、周囲から強い刺激を受け、自然と練習に打ち込めるようになる。(精神的にも安定する)

③目標を明確にすることで、周囲の理解あるいは協力が得られ、目標実現の可能性が高まる。

④トップを目指すためには、他のすべてを顧みないほど「のめり込む」ことが必要。

「堕ちるだけ堕ちてごらん」千住真理子

「堕ちるだけ堕ちてごらん」千住真理子

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産経新聞 2012年5月18日 (金)  朝刊

逃げずにぶつかってみる

逃げずにぶつかってみる

2012.3.3 産経新聞

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スキーで南極点到達 71歳松本さん、100キロ走破

スキーで南極点到達 71歳松本さん、100キロ走破

2012年02月06日更新 佐賀新聞

 1911年12月、ノルウェーの探検家アムンゼンが人類史上初めて南極点に到達してから100年。鳥栖市の登山愛好家、松本愛明(よしとし)さん(71)が1月中旬、クロスカントリースキーで約100キロを走破し、南極点到達に成功した。昨春、同様に北極点も制覇しており、松本さんは「地球儀の真上と真下に立つことができた」と満足感をにじませる。
 
 北極点の時も同行した世界的探検家の舟津圭三さんを含む日本人4人で12月31日に日本を出発。チリや南極の民間輸送基地などで準備を整え、1月7日に空路で南緯89度地点に到着した。
 
 南極に降り立ったのは2009年に飛行機とヘリコプターを乗り継いだ観光ツアー以来、2回目。今回は氷上キャンプしながら、自力でソリを引いて歩いた
 
 「45分歩いたら15分休憩」のペースで、1日で進むのは長くても20キロほど。「海の氷で湿度の高かった北極に比べ、南極の氷は乾いていた。手袋もぬれなくて快適だった」と松本さん。
 
 半年前にアラスカでスキーの訓練をしていたことが大きかったが、それでも零下20度以下の世界。2日間ほどは強風で地表の雪が舞い、視界が遮られる「ホワイトアウト」に遭い、GPSを見ながら進んだ日もあった。
 
 極点が近づくと、360度雪原が広がった。極点そばにはアムンゼン・スコット基地があり、かなたに見えた目標が目前に来ると、ゴーグルの中は涙であふれた。「出発前のトレーニングでひざを痛め、南極行きをやめようかぎりぎりまで悩んだ。頑張ってくれた足に“ありがとう”と言いたい」。15日夕に到着、皆で抱き合った。
 
 古希を過ぎて南北両極点を制した松本さん。帰国後も、20キロの砂入りリュックを担いだ早朝の散歩は欠かさない。「今のところ次にどこへ行きたいというのはない」。冒険からの“引退”も考えるが、「強いて言えば宇宙から丸い地球の両極点を眺めてみたいかな。夢のまた夢だけどね」と笑った。


すごいとしか言い様がありません。

いつまでも挑戦を!

「パインビーク」と「よませ」を結ぶもの

「パインビーク」と「よませ」を結ぶもの

マックアース、一ノ本社長のブログを見て、疑問が解けました。

彼も(そして息子さんも)アルペンレーサーなんですね。

なぜパインビークなのか、なぜよませなのかは、ずっと不思議に思っていました。


人間は、合理的な判断だけで意志決定を行っているのではなく、その底には情動(想いや感情)があり、結果としてある決断や行動が生まれてくるのだと思います。

その底にあるものが、スキー(スノースポーツ)を愛する心なのだと理解しました。

決して、マックアースさんのみならず、私がブログで拝見しているクロスプロジェクトさん、池の平さんにも共通する感情と感じます。(私が知らないだけで、ほとんどの経営者もそうなのではないかと思います)

こんなに楽しいことを、もっともっと多くの人に伝えたい、もっとたくさんの人にスノースポーツをしてもらいたい、この想いは、スキーに関係する人すべてが持っているのではないでしょうか。

ぜひ、スノースポーツ復興に向けて経営者の立場から(そして選手の立場からも?)頑張ってほしいと思います。

大勢の人の楽しそうな声であふれたスキー場にもう一度戻ってほしいと切に思います。

甦れ日本(中)お茶の水女子大学名誉教授・藤原正彦 

甦れ日本(中)お茶の水女子大学名誉教授・藤原正彦 

2011.8.31 02:54 産経新聞

 ■野心がない いまどきの若者

 --いまどきの若者たちはどうですか

 藤原 (自虐的な)戦後教育で育ち、祖国に誇りを持てないでいる世代に比べると、ずっとましですよ。ただ、気になるのは若者たちの情緒力が落ちている、とりわけ野心がないことですね。大きな夢を抱かず、ただ「つつがなく幸せな人生を送ればいい」という内向きの志向です。例えば、アメリカへの留学生はかつての半数以下、中国や韓国よりずっと少ない。学者の世界でも、大きな問題には挑戦せず、“小さな論文”でポイントを稼ぎ、定職を得ようとする…。野心がないと大きな仕事を成し遂げられないし、国も動きません。

 --藤原さんはもっと野心的だった?

 藤原 野心満々でした(苦笑)。小学生の頃は「貧困をなくすため革命に身を投じよう」。中2でドイツ語、中3でフランス語を始めたのは、「僕はいずれ世界で活躍する数学者になるのだから今から語学を磨いておこう」。大学で講義を聴きながら「いつかは天下を取ってやる」。皆似たようなものだったと思いますよ。少々誇大妄想的でした(苦笑)。

 --政治がデタラメでも今の若者たちは無関心

 藤原 被災地の復興は遅々としたまま、尖閣、竹島、北方領土ではやられ放題、デフレ不況も放置…それでも若者が声を上げない。僕は高2のとき、昭和35(1960)年の安保闘争で、国会を十重二十重(とえはたえ)に取り巻いたデモ隊に加わりました。確かに豊かになった現代社会では「食うに困る」ことはありません。だが、社会への責任は? 祖国にどう寄与するのか? こうした視点がまったく抜け落ちています。

 --現状維持でいいと

 藤原 野心というのは、日本ではあまりよいイメージはありませんが、アメリカでは褒め言葉です。逆に「野心のないヤツは何もできない」と見なされてしまう。延命ばかりを考えていた総理がいい例です。野心も、やりたいこともなく、ただ、ただ目の前の「政権維持だけ」しか頭になかったのですから。

 --活字離れも深刻です

 藤原 (お茶の水女子大教授時代)ゼミの学生に聞いたところ、新聞を取っている学生一人もいなかった。これには衝撃を受けましたね。「携帯電話の情報で十分だ」と言うが、ネットの情報は薄い。新聞はその10倍、本はさらに多くの深い情報が詰まっています。活字文化の衰退は、教養の衰退、ひいては、リーダーに不可欠な大局観の衰退に、つながります。

 --大学教授時代、専門外の「読書ゼミ」(『名著講義』のタイトルで平成21年に出版)をやったのも、その危機感からですか?

 藤原 数学ばかりを日米英で教えてきて飽きたものですから(苦笑)。福沢諭吉、新渡戸稲造、内村鑑三などの本を読むと、学生たちはみるみる変わっていきましたよ。まずこれまでの日本を築いた先人を敬うようになりました。そして「日本は侵略ばかりした恥ずかしい国」と教えられ、萎縮していたのが、真実を知ることで「日本は誇りに足る国だ」と気づき、言動が自信に満ちてきました。1日、1ページでもいいから、本を読む習慣をつけることが大事ですね。(喜多由浩)


意外なところに・・

意外なところに・・

木祖村特産の「お六櫛」 新生児への贈呈始まる

07月15日(金) 信濃毎日新聞

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贈られたお六櫛で早速髪をとかしてもらう愛斗ちゃん

 新生児に特産の「お六櫛(ろくぐし)」のセットを贈る木祖村の取り組みが始まった。子育て支援策の一環で、低迷する村の伝統産業の振興も狙う。14日は栗屋徳也村長が同村小木曽のアルペンスキーコーチ工藤昌巳さん(34)宅を訪ね、妻の春香さん(31)が抱いていた生後2カ月の長男愛斗(あいと)ちゃんに手渡した。

 セットは子ども用と大人用の櫛大小一つずつと携帯ストラップなど4点1組で、きり箱入り。村内の職人が作った品で5千円相当という。

 栗屋村長は、愛斗ちゃんの誕生を祝うとともに、江戸時代から作られていて伝統工芸品になっている―とPR。「長年使っていると使い心地も良くなる。思い出の品にしてほしい」と話し掛けた。

 昌巳さん夫妻が櫛で愛斗ちゃんの髪をとかすと、愛斗ちゃんは気持ちよさそうな表情。春香さんは「お風呂上がりにでも毎日使ってあげたい」と、目を細めていた。夫妻は、自然が豊かで子育て支援策が充実している―と、村外から移り住んだ。


【人・生き方】転機。話そう、話しましょう(33)観光庁長官・溝畑宏さん

【人・生き方】転機。話そう、話しましょう(33)観光庁長官・溝畑宏さん

2011.8.6 08:02 産経新聞

「正しく生きていれば、誰かが見ていてくれる」と話す溝畑宏さん=東京・霞が関の観光庁 (小野淳一撮影)
「正しく生きていれば、誰かが見ていてくれる」と話す溝畑宏さん=東京・霞が関の観光庁 (小野淳一撮影)

■退職金もクラブの運営費に…退路を断った 信念貫けば、好機は訪れる

 官僚を辞めて地方サッカークラブの経営者へ…。昨年、観光庁長官に就任した溝畑宏さん(50)は45歳の時、「将来」と「安定」が約束されたエリート公務員の地位を捨てます。周りのほとんどが反対する中での一大決心。背中を押したのは、父から受け継いだある信念でした。(森本昌彦)

                   ◇

 ◆周囲は大反対

 無謀な挑戦と、周囲には映っただろう。

 平成18年冬。総務省を辞めて、社長業に専念しようというのだから。社長とはいえ、サッカーJリーグ大分トリニータの運営会社という地方企業。国という大組織に比べ、安定という意味では、かなり劣る。経営状態も決していいわけではない。当然のように家族たちは大反対だった。

 大分県とは縁が深い。総務省(当時自治省)からの2度の出向で、計10年以上を過ごしていた。出向のまま社長に就任したのは16年夏。トリニータは15年のシーズンからJ1に昇格していたが、優勝戦線とは無縁で、J2降格を逃れる残留争いの常連だった。

 財政も潤沢ではない。大企業のバックアップはなく、スポンサー獲得のため、朝5時から夜12時まで営業に走り回っていた。それでも支援企業を見つけるのは困難だった。

 「損得勘定があったら、球団経営なんてできない」。スポーツチームの経営が多くのリスクを背負うことは分かっていた。それでも強行したのは、貫いてきた信念があったからだ。

◆日本を元気に

 「権力とか地位、名誉よりも自分自身で正しく生きることが大事やぞ」。京都大学名誉教授で数学者だった父、茂さん(故人)にこう言われながら育った。自治省に就職したのは、父の教えを自分なりに受け止め、「自分が住んでいる日本を元気にすることを自分の軸にしよう。まず地方を元気にしていかなければ」と考えたからだった。

 大分県には最初2年から11年まで9年間も出向し、その思いを実践した。そして、地域活性化のためサッカーに目を付けた。2002(平成14)年W杯日韓大会の試合会場を大分に誘致し、「日本一を目指すんだ」という目標を掲げ、平成18年にゼロから立ち上げたのがトリニータだった。

 その手塩にかけて育てたチームがJ1で苦境にあえいでいる。目標である日本一を目指すため、何かを変える必要性を感じていた。

 そして気づいた。自分には「逃げ道」があるのだと。監督や選手は限られた期間の契約で勝負に挑んでいる。「自分自身に逃げ道があっては、監督、選手は最後までついてこない。スポンサーに腰掛けでやっていると思われると本気で応援してくれない」。退路を断つことで、自身の覚悟を決めようとしていた。

 ただ、本音を明かせば「自分を守りたい自分」との葛藤があったという。迷いを振り切らせたのは、かつて定めた目標だった。

 「自分は何のために生きているのか。日本を元気にし、地方の現場でお役に立つこと。自分が役に立つ仕事を最優先にすべきだと思った」。退職金もすべてクラブの運営費につぎ込み、退路を断った。

 ◆七転び八起きで

 背水の陣に立ったトップの覚悟が伝わったのか、チームは上昇気流に乗り、20年にはついに日本一となる。J1計18チームがトーナメント方式などで戦うヤマザキナビスコカップで初優勝。勝利の美酒に酔いしれたが、翌年一転する。選手の故障が相次ぎ、J2に降格。21年12月に責任を取って社長を辞任した。

 もう公務員ではなかったので、ただの無職だ。そんなときに前原誠司国土交通相(当時)から観光庁長官への要請があった。チームを育てた実績が認められたのだ。「まっすぐ生きていると不思議なもので、神の見えざる手で必ずチャンスや出会いをつくってくれる

 22年1月に観光庁長官に就任。観光立国の実現を目指すため、自らセールスマンとなって日本を売り込む日々が始まった。ところが1年2カ月後、思いもよらぬ壁にぶちあたった。

 3月11日の東日本大震災。観光の前提である安全が崩れ、外国人観光客が激減した。「当日はショックで寝られなかった。でも、この試練を乗り越えたら、日本はもっと成長する」

 損得を考えず、少年時代からの信念に忠実に生きることで逆境に陥ってきたこともあった。逆にそんな生き方が新たな好機を呼び込んだ。長官室には、「七転八起」と書かれた額が飾られている。その言葉を胸に、日本の再起のために走り回っている。

               ◇

 ≪Plus≫

 --観光復興へ、どんな対策をしているのか

 「ひとつは海外向けに、安心・安全のPRです。(米歌手の)レディー・ガガや(アイドルグループの)嵐に世界に向けた情報発信をしてもらいました。日本国民の皆さんに『観光で日本を元気にしていくんだ』というメッセージを出す目的もあります」

 --国内向けには

 「いろいろな観光地に行って、アドバイスをしたり、自ら東北に行って、東北観光を呼びかけたりしています。自分の肌で観光がどうなっているのかを感じたいので、プライベートでも一人の観光客として観光地を回っています」

 --観光を通じて、どう日本復興につなげるのか

 「観光は日本復興の一つの大きな起爆剤になります。今あるものを生かすことで経済活性化、地方活性化、子供の教育にもつながる。もう一度日本が明るく元気な国になるためのお役に立ちたいと思っています」

                   ◇

【プロフィル】溝畑宏

 みぞはた・ひろし 昭和35年、京都府生まれ。60年、東大法学部を卒業し、自治省(現総務省)に入省。平成2年に大分県に出向し、文化振興室長、総務部財政課長、企画部次長などを歴任して2002年サッカーW杯の誘致や大分トリニータの立ち上げ、立命館アジア太平洋大学(別府市)設立に携わる。11年5月に自治省に戻るが、翌年4月に再び大分県に出向。16年8月に大分トリニータを運営する大分フットボールクラブの社長に就任、18年に総務省を退職する。21年12月に社長を辞任し、22年1月から観光庁長官。



私の感覚ですと、まっすぐに生きていれば、それだけで満足してしまい、チャンスや出会いと結びつけようとする発想は出てきません。

この方は、自分の社会的な立場、役割をきちんと認識していることから、こうした「因果応報」的な考え方を取るのでしょうね。

因果応報は、「善い行いが幸福をもたらし、悪い行いが不幸をもたらす」という考え方です。

苦しいときなど「今は忍耐の時だが、信念を曲げずに正しく生きていれば、いつか報われる」と考えたりします。

(もちろん将来本当に報われるかどうかは分かりませんが、そう考えることによって苦難に耐える力が出るのだと思います)

ある程度の社会的な立場を持った人が、その役割を果たそうとするためには、自分の考え方や仕事ぶりをアピールして、認知される必要があります。

そのためには、人脈を作り、コミュニケーション能力を上げることも必要なのでしょう。

最近はやりのフェイスブックなどは、実社会でなかなか知り合えない、各界のリーダーたちとネット上で情報交換が出来る場として広まってきました。

一方で、「清貧」という言葉があります。

こちらは、まっすぐに生きる点では同じですが、その結果、貧乏になっても(のままでも)かまわない、という意味かと思います。

何らかのメリット(あるいはデメリット)に結びつくかどうかを気にしているのが「応報」だとすると、「清貧」では「まっすぐな生き方」と「貧しさ」をセットにしています。

たぶん「そんな正論ばっかり言っていると、この世の中でお金なんか稼げないよ」という、割とステレオタイプな社会通念に対する「貧乏なんて全然問題じゃないよ。それよりも俺は正しいことを貫くんだ」という気概や潔さの表現かもしれません。

(あるいは、本人はそんなことを全然意識していないのに、周りの俗人達がそういう枠にはめようとする言葉なのかもしれません)

私自身も、正しく生きるというのは、いつも気にしていることですが、それが何かに結びつくかどうかは特に気にしません。

正しく生きるという決意とそれを曲げずに貫いているという自己評価は、個人の倫理観・道徳観の問題だと思います。

ただ、最大の問題は「正しい、まっすぐ」の定義が無いことですね。

大体の場合、議論がかみ合いません。

高齢者時代の礼儀 曾野綾子

高齢者時代の礼儀 曾野綾子

今朝(2011年7月29日)の産経新聞のコラムです。

引き際を誤り、醜態をさらす人が多くなったという意見に同意します。

周りからのサジェスチョンでは自覚できないのでしょうか?

強制力を持たさざるを得ないんでしょうか?

いずれにしても、過去に素晴らしい業績や多大な貢献を残してきたエリート層が、晩節を汚すというのはこれまであまり多くはなかったように感じます。

自分の能力への過信なのか、判断能力が落ちた結果なのか、「恥」の概念が消えたためなのか、よく分かりません。

コーチであればチームを迷わせ、スキー連盟であればスキーが衰退し、会社であれば経営が悪化し、政治家であれば国が傾きますね。

なかなか日本から逃げ出すわけにもいきませんし。


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スポーツ選手の親としての喜び

スポーツ選手の親としての喜び

明日は、東京で発表会があり、やっとその準備が終わりました。

火曜日は、某市で講演会を行い、100人ぐらいの人に来ていただきました。

中にはスキー場を持つ村の村長さんやその隣村の村長さんなども出席され、講演後にわざわざ挨拶に見えました。

住民の方々を心配し、一生懸命に努力をされている姿は、本当に頭が下がる思いです。


話は変わります。

今回のなでしこの優勝を受けて、選手達の親はどういう人たちなのだろう、と単純に思いネットでいくつか動画を見てみました。

テレビはここ数年ほとんど見たことがないので(1年に数回程度)、ネットで探すしかありません。

(そういえば、我が家に1台だけあるテレビは、まだアナログです。今週まででしたっけ?)

探せたのは、優勝後に民放番組が流した特番に出てくる親御さん達。

試合にあわせて、近所の人たちと集まって応援している様子と、勝ったときの喜びの大きさがレポートされていました。

なでしこの親と言うことで、どちらかというとお母さんがクローズアップされていたように感じます。

親御さんにとっても、まさかこんな日が来るとは思ってなかったでしょうから、本当に喜び爆発で、とても幸せそうでした。

(中には、お母さんや、兄弟と同じ顔をしている選手もいて、笑いました)

自分の子供がワールドカップで優勝して、日本中が喜んでくれる。

スポーツ選手の親としては、これ以上嬉しいことはないと思います。

努力した選手はもちろんですが、その親御さんにも本当におめでとうと言いたいです。


あと感じたのは、やっぱりチームスポーツって良いなあ、ということです。

スキーは基本個人競技なので、同じチーム内でも成績が分かれてしまいます。

みんなで勝って、みんなで喜べると良いんですけどね。

まあ、逆にチームスポーツは、負けるとなかなか厳しいんでしょうけど。


また、選手達の発言をビデオで見て感じたのは、(当たり前ですが)完全に体育会系の世界だなあと言うことです。

2-3人を除けば、中身は男ですね。

上下関係も厳しそうですし。

気の強い選手達を束ねる澤キャプテンは本当にすごいですね。


女子スキー選手の方が、やさしそうではありますが、でもたぶん本質は変わらないのでしょうね。

芯が強くないと、(チーム競技以上に)個人競技でトップを張ることはできないでしょうから。

最後は精神力の戦いなのでしょうね。

以上とりとめのない感想でした。


仕事の山を少し越えかかっているので、一休みしていました。

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アルペン主要情報

<主要サイト>
全日本スキー連盟(SAJ)
アルペンチームジャパン
国際スキー連盟(FIS)
ナスターレース協会
日本職業スキー教師協会(SIA)
WeatherNews(スキーCH)
日本気象協会(tenki.jp)
ドラぷら
2014-2015 スキー用品カタログ

<2014-15 アルペンルール>
2014/15アルペンポイントルール日本語版
アルペン競技:各種ルール等について
SAJポイントに関する ルール等について

<2014-15 大会日程>
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<アルペン・マニュアル>
YOUTH AND CHILDREN'S SEMINAR
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<トピックス>
スキー滑走の「許容範囲」と「基準範囲」
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ピントロー、本人が選んだGS, SL, SG
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<その他動画>
Didier Cuche, le come-back?
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<スキー理論>
米国男子ヘッドコーチインタビュー1
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上林卓司「センターポジション」1
上林卓司「センターポジション」2
上林卓司「センターポジション」3
上林卓司「センターポジション」4

<技術解説本・DVD>
皆川賢太郎DVD
皆川賢太郎 スキー完全上達
皆川賢太郎 最速上達メソッド
浦木健太 GSテクニック
吉岡大輔 落とすGSテクニック
生田康宏 トップアルペンテクニック
竹節一夫 アルペンテクニック

<トレーニング論>
アスリート達は本当に速くなっている?
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俊敏性練習は、俊敏性を向上させるか?
「良いトレーニング、無駄なトレーニング」
「ゴールデンエイジ理論」の不思議
運動能力と遺伝、環境
筋収縮とエネルギー

<学ぶということ>
○科学的方法論
「仮説演繹法」再び。
アイスクリームを食べると、水死する?
科学的方法論のエッセンス
○学問のすすめ
米大学における多面的・総合的な評価
稲盛和夫「伸びる人、立派になる人、いらない人」
U.S. News Best Global Universities
いま注目されるリベラルアーツ教育
いちばんやさしい教える技術
人材育成の実践
新たな高等教育機関の制度化
快楽の人生、充実の人生、意味のある人生
全てリクルートから学んだ
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ノブレス・オブリージュ
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修正版:博士が100人いる村
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ダニエル・ピンク:やる気に関する科学
ダン・アリエリー:仕事のやりがい
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最初の3年で仕事人生の大半が決まる説
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ノブレス・オブリージュ
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自分の頭で考え、勇気を持つこと。
頑張ったらご褒美があるメンタリティ
自浄作用
いじめについて
タイガーマザーと文武両道

<その他>
インプレッサ路肩から這い上がる
美味しいコーヒーの入れ方
身近なコーヒーあれこれ
スーパーで買える美味しいコーヒー
辞めたくても辞められない
外食産業が日本を滅ぼす?
シナノ:なつかし写真コンテスト
福井県立歴史博物館:昭和のくらし
解放値の計算

<大会ルール(和訳)>
FIS競技用品規格
アルペンスキー国際競技規則(2010-11)
同 決定事項及び指導事項(2010-11)
アルペンポイントルール(2010-11)

<ポイント関連>
ポイントとは?
SAJ ポイントリスト

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Author:ジュニアスキー
子供が小1の冬に家族でスキーを始め、すっかりその魅力にはまっております。小4から地元のスポーツ少年団に所属し、競技スキーを始めています。(現在中3)
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上欄のカテゴリから興味のある話題をお選び下さい。
(2009年7月25日開設)


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