ジュニアスキー

ジュニアアルペン競技とスキー全般についての情報ブログです。

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天才アスリート世界への階段

天才アスリート世界への階段

テレビ東京 2015年1月1日(木)夜11時00分~深夜0時30分

日本テニス界の歴史を変えた錦織圭。彼の飛躍の裏にあった「勝利の方程式」とは?さらに「第2の錦織」育成術を大公開!!これを見れば東京五輪で子供をメダリストにできる!?

テニス錦織圭
超天才アスリートは如何に創造されたのか?14歳でアメリカに渡り、アスリートのエリート養成学校「IMGアカデミー」に留学した錦織圭。アガシやシャラポワも育った名門でテニスに没頭できる環境で育った。孤独や挫折との闘いの日々を振り返り、未来を語ってもらう。さらに第二の錦織と呼ばれる有望株に密着。どのような育て方をすれば神アスリートは誕生するのか?2020年東京五輪で子供をメダリストにするには?

体操内村航平
体操界の生ける伝説、内村航平。世界王者の彼が世界の頂点を極めるアスリートになるまでにどんな努力が、そして環境が影響したのだろうか?超エリート育成の裏にあった秘密とは?一方「シライ」の床技を世界に轟かせた若手の有望株、白井健三。彼は東京五輪で金メダル獲得に大いなる野望を抱いている。体操一家で育ち、美しすぎると形容された田中理恵を迎え「どんな環境から一流選手が誕生するのか」を語ってもらう。

女子バレー
1964年東京五輪で金メダルを獲得した「東洋の魔女」と称された日本女子バレー。あれから50年。2020年の東京五輪で再び金メダルを獲得すべくプロジェクトが動き出した。ロンドン五輪で日本に銅メダルをもたらした名将眞鍋監督がキーマンとして指名した1人の人物は戸惑っていた。新生日本が更なる高みを目指して飛躍するカギとは?竹下佳江、大友愛ら大物選手たちが代表を去った今、強豪国に対してどんな戦いをするのか

卓球石川佳純
ロンドン五輪で日本卓球界に初のメダルをもたらした名将村上恭和監督。彼は昨年、東京五輪で金メダル獲得のため「打倒中国」を掲げ卓球エリート塾を立ち上げた。現在日本国内は「卓球黄金時代」とも呼ばれるほど若手の層が厚くなっており、東京五輪への期待が高まっている。メダルを獲得したからこそ見えてきた、次の未来へ向かう戦いの日々を現在世界で活躍する石川選手のインタビューを交えながら迫る。

女子サッカー
W杯連覇を掲げる「なでしこジャパン」。そんな中、日本一多くのプロ選手を輩出している名門高校がある。その指導者は「学年による上下関係の撤廃」を提言。常識にとらわれない新しい指導法を導入し結果を出している。そしてもう1つの試み「スーパー少女プロジェクト」。守備の要となるゴールキーパーに特化した育成術。現なでしこ代表からW杯、さらに東京五輪に向けた未来を語ってもらう。



録画して、飛ばしながら見ました。

各選手が持つ能力を最大限に伸ばし、世界で活躍できる人材を育成しようとするならば、

まず、

●能力・素質を正しく見極める必要がある、

のは当然のことです。

インタビューで、何人かの親が、選手が小さいときに「この子は普通じゃない、尋常じゃない能力を持っている」と感じたと述べています。

親(その道の専門家でコーチ兼任も多い)が子供の才能を見抜いたのだと思います。

才能を見抜いた後、早い段階で専門に特化し、脇目も振らずその競技にひたすら取り組むという育ち方をしていました。(ここは競技によって異なるところと思いますが)

次に、「世界で戦い、勝つためには、世界(強い相手)を知る必要がある」と親や本人が判断し、留学に踏み切っていること。

●目標に合った練習相手や環境を整えなければ、試合で勝てない。

これも当然だと思います。

早いうちから欧米の試合コースや硬い氷で練習を積んで慣れておき、向こうの選手と親しくなったり、小さな試合で対等に戦えるレベルまで達していないと、いきなりワールドカップで戦うなど「無謀な挑戦」になってしまう可能性があります。

目標が「世界で勝つ」ことであるならば、それを実現する(確率を高める)ためのステップがあるのだと思います。

①才能を見極め、

②練習環境を整え、

③一心不乱に競技に打ち込む


才能と努力の両方がかみ合わないと、世界のトップになるのは難しいと思います。

番組を見て、全く理にかなった判断をしていたと感じました。


もちろん、目標が違えば話は変わります。

「人間形成」や「社会で活躍できる人材を育てたい」というのであれば、与えられた制約の中で、いかに工夫をして、ズルをせずに(倫理観を持って)、最大限の結果を出せるように努力をする「取り組み姿勢」や「方法論」を身につけることが、極めて重要になると思います。

その過程で、協調性やリーダーシップも身につくと思います。

文武両道というのは、人間形成の手段として見た場合、ごく自然のことです。

誰もが世界を目指しているわけではないですし、現実的な判断をどのタイミングでするかは子供の人生を狂わせないために、重要なことだと思います。

実態としては後者のような目標が多い(であろう)にもかかわらず、コーチが勇ましかったりすると、なかなか表だって言えなかったりするのかもしれません。

選手や親も自己(子供への)評価が高すぎたりするのかもしれません。

「努力信仰」が強すぎるのかもしれません。

成功例を真似しても、成功するとは限りませんし。

確かに、錦織、シャラポワ、アガシ、サンプラス、セレシュなど多くのスタープレーヤーが、米IMGアカデミーから育ったのでしょうが、同時に、スクールに入学した学生のうち、プロツアーデビューできる割合が、2-3パーセントであると言うことを忘れてはいけないということです。

例えば、スキー選手が海外で練習を続けたとしても、必ずしもワールドカップで戦える確率が飛躍的に上がるわけではないでしょうが、多くの選手がトライしていくうちに、やがて優勝を争える選手が生まれてくるのだと思います。

そこまでするかどうかの見極めが「才能の大きさ」なのでしょうね。

理想と現実をどのように調和させ、目標を実現させるのか、正月にもう一度考えるきっかけを与えてくれた番組でした。

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スキージャーナル8月号「スビンダル特別インタビュー」

スキージャーナル8月号「スビンダル特別インタビュー」

子供達へのメッセージを皆さんにお伝えしたく、転載させていただきました。(SJさん、すみません)

キャプチャ

8月号は、これ以外にも佐々木選手の引退や基礎スキー暫定教程成立後のデモたちの意識・感覚の変化など、なかなか面白い特集が組まれています。

後者に関しては、雑誌やデモ達の「恥も外聞もない変わり身の早さ」に対して、批判が大きいようですが、私は同情的に感じる部分もあります。

一番責任を負わなければならない人間は、「少ないスキー経験と誤った物理学への理解をベースに、思いつきと、既存の理論の単純な否定と、怪しげな健康番組的要素をミックスし、ニセ科学的手法で作り上げたスキー理論を唱える人物」を責任者に置いたSAJの理事達ですね。

任命責任が強く問われるべき、経緯だったと思われます。(10年間もそのままにしていたことも含め)

スキーで業績を上げた人たちで構成される組織が、そのスキーに関して素人詐欺に簡単に引っかかるなんて、前代未聞です。

私なら1年ぐらい外を歩けないほどの恥ずかしさを感じると思います。(笑)

そして、そんな組織圧力(踏み絵を踏むか or 追放されるか)のかかった中で雑誌やデモ達が主体性を発揮できる選択肢はなかったと思われます。

人間は、弱いものです。(笑)

雑誌やデモ達の責任追及も否定はしませんが、一番しなくてはならないことは、今後の方向性の確立とそれに向けて組織を立て直すことでしょうね。

「夢を諦めない」という言葉が大嫌い

「夢を諦めない」という言葉が大嫌い

為末大 元プロ陸上選手の好き嫌い(下)

楠木 建 :一橋大学大学院教授

原文は、こちら

為末:さすが鋭いです。そうなんだと思います。僕は子どもだけでなく、選手も教えることがあるのですが、「どっちがいいと思う?」といった質問をすると、「どちらが正しいのか?」と聞き返されることが多い。僕としては、好きなほうを選んでほしくて聞いているのですが、好き嫌いよりも「どちらが正しいのか?」ということを優先する傾向があります。つまり、主観を言うことが苦手。そもそも、何が好きで何が嫌いなのかが、自分自身のことなのにわかっていない感じなのです。その点も、社会に出てから苦労する要因かもしれません。社会で自分が何をやりたいのかが、わかっていないのですから。だから、アスリートは、現役時代から自分の好き嫌いについて、考える癖をつけるべきだと思います。

楠木:アスリートの人はどうしてそうなるのでしょうか。早くから、コーチに教わるからでしょうか。

為末:今、スポーツを教わる子どもたちがどんどん低年齢化しています。まず、親御さんたちが、早く習わせようとします。それは、レベルの高いアスリートにするには、早くからトレーニングを始めたほうが有利になると言われているからです。たとえば、サッカーであれば、ボールタッチの優れた感覚を身に付けるには、10歳になる前からトレーニングしたほうがいい、といったことです。体操であれば、6歳から9歳で回転感覚が身に付くので、その段階で習わせたほうがいいとか。

楠木:本当にそうなのですか?

為末:ある程度、事実だと思います。体操では、12歳以降に始めた人でオリンピアン(オリンピック出場経験者)になった人はいないと言われています。したがって、子どもがその種目を好きになる前に習い始めることになるので、その種目が本当に好きなのかどうか、自分自身でもはっきりしないのだと思います。陸上選手の場合は、もっとわかりやすい部分があります。だいたい、小さい頃から足が速いので、自分の才能に気づきやすい。しかも、小学生とか中学生あたりは、足が速いと周囲から過剰に評価されるじゃないですか。女の子にもモテたり(笑)。

楠木:為末さんもそうでしたか?

為末:足はむちゃくちゃ速かったです。実家の犬よりも速かったですから(笑)。だから、15歳くらいから、足の速さで食べていけると思っていました。このように、陸上選手の場合は、自分の才能に気づきやすいわけです。競技を好きになる前に、向いていることがわかる。向いているから好きになる、ということも起きますが。

楠木:そうか、アスリート、特に陸上選手は、仕事としての成立するプロセスが、一般の人とはかなり違うんですね。サラリーマンを含め、多くの人たちにとっての仕事とは、ある程度続けてみないと向き不向きがわからないものですよね。極端に言うと、営業の仕事を10年やってみて向いていることがわかった、みたいな感じ。一方で陸上選手は、やり始めたときから向いていることがわかる。というか、最初から向いているとよくわかったうえでやり始める。この違いは大きいですね。

為末さんの発言を誤解している人は、その辺の為末さんの陸上選手というイメージに引きずられていそうですね。「勝てないのは努力が足りないからじゃない」といったコメントに対して、「それはもともと足が速くて恵まれた人だから言えることだ」と誤解して受け取ってしまう。仕事の向き不向きといった大事な問題について触れようとしているのに、先入観が邪魔をしている。

「諦める」ことの大切さ

為末:確かに、僕の発言というのはスポーツ選手らしくないですから。スポーツ選手として周囲から求められている、キレイなコメントというのはわかっているのです。「諦めなければ夢はかなう」。それに対して『諦める力』ですから。

楠木:僕は「夢を諦めない」という言葉が大嫌い(笑)。なんで「夢」なんて言うのか?  単純に「目標」と言えばいい。フワフワした、夢なんて言っているから、いつまでも経っても達成できない。すでにもう、夢という言葉自体に、達成できなくてもいいやっていう気持ちが入っている。で、そういう人に限って、物事がうまくいかないと、ブツブツと他人のせいにしたり、環境のせいにしたりする。誰も頼んでいないんだよ、と思いますね。それを口にすると、傲慢であるとか言われますが(笑)。


(中略)

楠木:ここで、為末さんの発言をめぐる誤解に話を戻すと、為末さんの「諦める力」という言葉を誤解している人は、「続ける」よりも「諦める」ことのほうがデフォルトで、むしろ普通だということに気づいていない。重要な意思決定とか判断というのは、つねに何かを諦めている。みんな初めから1万個の中から速攻で9997個くらいは捨てているのです。論理的にはそもそも無限の選択肢が広がっている中で、特定少数のことを選んでいるということは、人間は誰しも諦めまくっているわけです。僕も陸上競技は端から諦めていますよ。向いてないし、嫌いだから(笑)。「諦めないでいる」ということが、むしろきわめて特殊なことだと思うのです。人生は諦めの連続。為末さんが、400ハードルを選んだのも、ほかの競技を諦めたからですよね。

為末:まさにそうです。たとえば、オリンピックの男子の陸上競技は26種目あります。ハードルでも、110メートルか400メートルかどちらかを選ばなくてはなりませんから。

楠木:世界のアスリートはたった26の中から頂点をめざして競っているのですね。メダルでいうと、26×3で70くらいですよね。僕みたいに好き嫌いとか、川中みゆき型とか言ってられない(笑)。でも、人間が生きているうちにできる仕事の種目なんて、多くても2~3個ではないかと思います。これはごく自然なことで、一流のレベルでできる仕事になれば、ほとんどの人は1個くらい。他はすべて諦めてきている。

為末:それに気づいていない人が多すぎると思います。あのイチロー選手だって、サッカーを諦めていなければ、現在の記録はないわけです。野球については諦めていませんが、それは別のことを諦めているうえで成立している。そこを見落としています。そのあたりの事情がわかっていない人というのは、おそらく、物事を決められなかったり、物を捨てることができていなかったりしているのではないか。全般にわたる未練がましさみたいなものが、通底している気がします。

楠木:欲張りなのですよ。欲がありすぎ。だから諦めきれない。


(中略)

楠木:お話を聞いていると、やっぱりアスリートというのは、全力を出すことが好きなのですね。

為末:行くところまでいかないと気が済まない、納得できない、という人は多いでしょうね。全力を出し切るのは好きだと思います。

楠木:そこは僕と違いますね。僕、全力を出すのがダメなのです。結局のところ、世の中9割のことはうまくいきませんよね。だから僕は言い訳が欲しい。物事がうまくいかなかったとき、「いや、俺、全力出してないから」という言い訳が大好き(笑)。これは好き嫌いというよりも、端から見れば僕の人間的な欠点です。だから、今のようなゆるゆる考えるという仕事を選んでいるわけで、アスリートを選ばなかった。諦める力(笑)。普通だと、「努力で欠点を克服しろ!」となるんですが、人間、誰しも欠点のその裏に最大の強みがあると思っています。その人の欠点や不得手こそ、最大の強みで得意なこと。同じコインの両面をどちらから見るかだけの違いだと思っています。これからは、「勝てないのは努力が足りないからじゃない」と、全力を出し切るのが好きな為末さんも言っているよと、事あるごとに引用させていただきます(笑)。


楠木さんという方は、始めて知りましたが、この方ほど大学の先生に向いている人はいない、と感じました。(笑)

頭が良くて、好きなことが言えて、あまり責任を取らなくても良いという職業は、そうあるものではありません。

「夢を諦めない」という言葉は、私も違和感を感じます。

自分に酔い、美化したい感情を、他人に対して正当化しようという心理を感じます。

また、それを褒め称えなければならないという同調圧力を感じます。

以前は、大人になりきれないという意味で否定的に捉えられることが多かったと思いますが、最近は、こんな年になっても頑張っているのは凄い、という感覚になっていると思います。

スポーツでも、高齢化が激しいですよね。

いったん引退したのだけど、諦めきれずに再挑戦するとか。

やっぱりよく考えたら自分にはこれしかないんだ、という心境なのでしょうか?

こだわりを強く持つタイプと、新しいことに挑戦するタイプと、様々で良いと思うのですが、「自己陶酔への同調圧力」は、必要ないですね。(笑)

努力が嫌い。努力でうまくいくことはない

努力が嫌い。努力でうまくいくことはない

為末大 元プロ陸上選手の好き嫌い(上)

楠木 建 :一橋大学大学院教授

原文は、こちら

努力が嫌い。努力でうまくいくことはない

楠木:しょせん「努力」を強いられてやっていることはうまくいかない、それよりも、好きなことをやったほうがうまくいく。僕が「好き嫌い」にこだわっている理由のひとつはここにあります。為末さんの本、『諦める力――勝てないのは努力が足りないからじゃない』(プレジデント社)を読んだときに、ああ同じようなことを言っている人がいると、非常に共感しました。これはもう、ぜひ為末さんの好き嫌いをお聞きしたいと。

為末:ありがとうございます(笑)。

楠木:冒頭の話をもう少し補足しますと、努力してやっていることはうまくいかない、という意味は、本人が「努力をしなきゃいけない」と思った時点で終わっている、ということです。

楠木:「努力しなきゃ……」と思うことは、だいたいが嫌いなことだったり、向いていないことだったり、やらなければいけない義務的なことだったりするわけでしょう。そんなことをやっていてもうまくいくはずがない。仕事である以上、人の役に立たなければいけないのですから、そうとううまくないといけない。うまくなるためには、もちろん努力投入が必要になる。ただ、それを本人が努力だと思ってない。好きなので、周囲からやめろと言われてもやり続けてしまう。はたからみればやたらと「努力」をしているのですが、本人にとっては「娯楽」。そのくらい好きじゃないとなかなかうまくならない。「好きこそ物の上手なれ」というのは、ビジネスでも通用する最強のロジックだと考えているのです。

(中略)

為末:考えるというか、もうちょっと詳しく言うと、考えたことを、自分の身体で検証していく行為が好きなのです。陸上競技、特にトラックを走る種目は、走ればすぐに結果が出る。走るときのテクニックやトレーニング方法などを試してみて、タイムを測れば、試したことが正しかったのかどうかがすぐにわかります。自分のカラダを使って実験しているようなものです。

楠木:それは、仮説・実験・検証みたいなプロセスで、研究者の仕事に近いかもしれませんね。

為末:そうですね。ただ、自分の身体で検証するといったことは、陸上競技だから可能だともいえます。ラグビーやサッカーなどの球技の団体競技は、チームが勝ったときでも、何がその直接的な勝因となったかがわかりにくいでしょう。陸上はタイムがあるから効果が測定しやすいと思います。特に僕はその傾向が強かった。

楠木:なるほど。面白いですね。そういったトレーニング方法も含め、考える作業というのは、アスリートの場合、普通はコーチがやる仕事ですよね。為末さんは、現役時代はコーチをつけていなかったわけですが、それも自分で考えることが好きだったからでしょうか。

為末:コーチをつけるのをやめようと思ったきっかけがあるのです。中学と高校のある時期まではコーチがいて、人にも恵まれたおかげですが、特に問題を感じませんでした。でも、高校時代にトレーニング方法など、自分のやり方を押しつけてくるタイプのコーチがいて、「あ、これはもう無理だな」と感じる瞬間があったのです。押しつけられることに我慢ができなくなったわけです。それから、人に指示されることが嫌いになって、大学もコーチがつかないことを条件にして選びました。


(中略)

為末:そこはなかなか難しいところです。子どもたちの親御さんたちからは、「型」を教えてほしいと言われることがほとんどです。しかし、同じ体型の人が存在しない以上、ひとつの走る型が全員に通用することはないのです。僕は、ある型があったとして、そこにたどり着くまでの考え方を教えたいと思っています。正しく足を動かすということはどういうことなのか、という内側のところを理解してもらいたいのですが。

楠木:どうしても、教えてもらうほうはすぐに効果が出る「型」や「ベストプラクティス」を求めてしまいますからね。でも、誰にでも通用するベストプラクティスなんて存在しない。そんなものがあれば誰も悩まないわけだから。ちょっと、せっかちな人が多すぎる気がします。自分のやり方というのは、時間をかけてやっていくうちに、徐々に型になっていくものでしょう。

為末:型に縛られるというのは、プロのアスリートでも往々にしてあることです。メダルを取ったりとか、大きな成果が出たときなど、その成功体験に縛られる人が多いのです。たとえば、メダルを取った理由として、本番の3日前に食べたもののおかげだとか、本気で思っている人がいます。これなどは、再現をしても成功するかどうかまったく根拠がないもので、いわゆる「ジンクス」のたぐいなのですが、成功体験に縛られてしまうと、それを「戦略」として語ってしまうんですね。成功した理由というのは、複雑すぎてわからないものなのですが、アスリートの心理というのは厄介な部分があって、「型」にとらわれてしまうと、ジンクスに属するものを、根拠のあるハウツーと考えてしまう傾向があるといえます。


第一線で私らしく、子育てと競技両立スキーオリエンテーリング・高橋美和選手

第一線で私らしく、子育てと競技両立スキーオリエンテーリング・高橋美和選手

2014年3月18日 神奈川新聞

出産を経験した女性アスリートの奮闘が話題を呼んだソチ五輪。県内にも子育てと競技を両立させている女性がいる。スキーオリエンテーリングで世界選手権に4度出場した日本代表の39歳、高橋美和。昨年2月に2人目となる次女を出産したスキーヤーは、16日まで北海道で開かれた第3回全日本大会でミドルディスタンスレース2位、ロングディスタンスレース3位に入るなど、第一線で活躍中だ。

 地図を読み、十数カ所のチェックポイントを通過してゴールを目指す。スキーオリエンテーリングは、クロスカントリースキーを履いて行うオリエンテーリングと考えると分かりやすい。

 北欧で盛んな、このスポーツに出合ったのは社会人になって2年目の24歳のとき。「大学も卒業したし、何か新しいことを始めたいな」。最初は軽い気持ちだった。

 川崎育ちの根っからのスポーツ好き。中学のころはソフトボールを追い、高校ではバスケットボール部のマネジャーを務めていた。大学時代は通常のオリエンテーリングの選手として活躍。日本学生選手権で団体8位などの実績があった高橋は、その魅力に自然と取りつかれた。

 スキーは毎年旅行でたしなむ程度で、クロスカントリーは初めて。「転びまくってスピード感は全くなかったけど、走る(オリエンテーリング)よりも自由で、森の中へ入っていけるのが楽しくて

 目の前に広がるのは白銀の山々。そして道なき道を進むスリルと爽快感。「ジェットコースター」のような世界だったという。


■ 結婚と出産 ■
 毎年12月から3月までの週末は、長野や山形などクロスカントリーのあるスキー場へ。好きが高じて競技歴7年目の2005年には世界選手権代表まで上り詰めた

 2度目の世界選手権に出場した翌年の08年に、大学時代のオリエンテーリング仲間だった夫と結婚。3大会連続の世界選手権翌年の10年5月には第1子となる長女美帆ちゃんを出産した。

 その半年後、授乳しながら練習に復帰したが、落ちた体力にがく然としたという。一風変わったトレーニングを始めたのは、そのときだ。生後間もない長女を背負い、レースで使った地図を首から下げ、自宅周辺を競技会場に見立てた

 両手にはストック。毎日1時間以上も歩き回った。「雪がないのにスキーやってるよ。変なの」。近所の小学生からはやし立てられてもお構いなし。「もうおばさんなので」と笑い飛ばした。


■ 「当たり前」 ■
 「競技をすることが当たり前なので」。結婚や出産を経て夢や好きなことを断念する女性が多いなか、高橋は第一線にいることを特別なこととは感じていない。

 「仕事でも何でも、できない理由を言い出したら切りがない。言い訳は好きじゃない」。家族に申し訳ない気持ちも確かにあるが、「それよりも頑張ってる姿を見せたい」と言う。

 周囲のサポートへの感謝は尽きない。夫は言葉に出さないが、自然と背中を押してくれる。勤めている都内の設計施工会社「ギャルド ユウ・エス・ピイ」は、直談判したら世界選手権の日本代表ユニホームのスポンサーを買って出てくれた。

 3歳の長女は、高橋をトップアスリートだとは理解していないという。冬場のシーズンの週末は、練習のため、家を離れることも多いが、それでも3回に1度は、夫とともに大会や練習を見守ってくれる。頑張るママの背中を見ているまな娘は最近、「美帆もやりたーい」と言ってくれる。

 「たいそうなことは思ってないけど、夢や好きなことを追う素晴らしさ、楽しさ。それを感じてくれたらうれしい。そして多くの人にスキーオリエンテーリングを知ってほしい」。いつまでも私らしく-。そうありたいと思う。


 高橋 美和(たかはし・みわ)南生田中-多摩高-信州大。社会人2年目の24歳でスキーオリエンテーリングを始め、競技歴約6年で日本代表入り。2005、07、09、11年の世界選手権4大会連続代表。3歳と1歳の娘を出産、現役復帰している2児の母。アークコミュニケーションズ所属。160センチ、53キロ。39歳。川崎市多摩区出身、在住。


◆スキーオリエンテーリング クロスカントリースキーでオリエンテーリングを行うスポーツ。スプリント(女子の場合、約3キロでフィニッシュタイムは12分)、ミドル(約9キロ、40分)、ロング(約15キロ、65分)種目があり、決められた十数カ所のチェックポイントを通過し、ゴールを目指す。北欧で盛んで1975年から2年に1度、27カ国が参加して世界選手権を開催。2019年ユニバーシアード大会の正式種目入りが決定している。日本では年間で4~5回の国内大会が開催されており、競技人口は千人程度。


良い記事ですね。

全力で打ち込む姿は、きっと子供さんにも伝わっていくと思います。

「安定した先の見える人生は嫌だった」 サイバーエージェント藤田社長が語る「父」

「安定した先の見える人生は嫌だった」 サイバーエージェント藤田社長が語る「父」

サイバーエージェント藤田社長の父、隆さんはカネボウの技術者だった。藤田さんは、父とは違う道を歩みたいと考え、16年前に起業した。

[産経新聞]

会員制サイト「Ameba(アメーバ)」の運営などを手掛けるインターネット関連会社「サイバーエージェント」(東京都渋谷区)。社長の藤田晋さん(40)はサラリーマンだった父、隆さん(69)とは違う道を歩みたいと考え、16年前に起業。「21世紀を代表する会社を創る」という大きな目標を掲げ、事業拡大に突き進んだ。

 福井県鯖江市にあった大手メーカー「カネボウ」の工場に技術者として勤務していた隆さん。毎日夜遅くまで働く猛烈な仕事人間だったが、休みの日には子供たちをスキーや釣りに連れて行くなど家族サービスも忘れなかった。

 「父は子供たちのことばかり考えていた」。小学4年生のとき、福井県の将棋大会で優勝し、「県で1位だから今日からお前はケンイチくんだ」と、大喜びしていた姿を懐かしそうに思い出す。

 高度成長期の多くのサラリーマンと同様、隆さんも会社に対して強い忠誠心を持っていた。飲み物や食品、化粧品、毛糸など家の中にある日用品はカネボウの関連商品ばかり。競合他社の商品は決して買わず、家族にも買わせなかった

 こんなエピソードもある。激しい雷雨が北陸地方を襲った夜、隆さんは「工場が動かなくなると困るから、ちょっと見てくる」と、出掛ける準備を始めた。家族は心配したが、「行かないといけないんだ」と言い残すと、レインコートを羽織って嵐の中を工場へ向かった。「父は、自分の父が事業に失敗したため、貧しい生活を経験している。名門企業で安定した生活を送りたいという思いが強かったのでは」

 ただ、藤田さんは「安定した先の見える人生」に反発した。同僚と同じ社宅に住み、同じ会社に行き、子供は同じ学校に通う。「安定の代わりに何かを失っている。みんなと同じなのは嫌だ。自分は決してサラリーマンにはなりたくない」と、心に誓っていた。

 高校3年の夏、起業家になることを決意。東京の大学に進学し、「起業への近道」と考え、就職先はベンチャー企業を選んだ。バブル経済が崩壊し、大企業への就職が必ずしも安定を意味しない時代。隆さんは息子の選択を見守るだけで口を挟まなかった。「『言っても聞かない』と分かっていたんでしょうね

 24歳で起業し、生みの苦しみを経て、26歳で上場を果たす。ネットバブル崩壊など厳しい局面もあったが、アメーバ事業の立ち上げ・強化、スマートフォン(高機能携帯電話)向けサービスの開始などで会社を着実に成長させてきた。「完全な仕事人間。父と同じですね」と笑う。

 即戦力が重視されがちなネット業界の中で、同社はあえて終身雇用を打ち出し、福利厚生を充実させるなど社員が長く働ける環境づくりに力を注ぐ。愛社精神を持ち、毎日生き生きと働いていた父の姿に「少なからず影響を受けている」。

 スマホの急速な普及などもあり、ネット業界は「高度成長期」。愛社精神にあふれる社員とともに、さらなる急成長を目指す考えだ。(竹岡伸晃)


仕事のレベルというのは、その人の「能力」×「頑張り」でほとんど決まると思います。

会社が若い時は、そこそこの人材しかいなくも、リーダーを中心に一体感や活気があって、みんなで頑張る雰囲気があるのだろうと思います。

結果として一流企業になって、秀才達が入社してくるようになると、「能力」はあっても、あまり頑張らない傾向が出てくるのだと思います。

何かの理由で業績が危うくなり、欧米のように、MBAで「経営」を学んできた人が、主導権を握り、コストカットやリストラを始めると、やる気は一気に失われますね。

有能な人は皆逃げだし、転職できない人が会社に残ります。

ソニー、パナソニック、NEC、日産、三菱・・。

会社を成功させるためには、いかに個人個人にやる気を出させるかが大事で、愛社精神をもたせるのは有効な方法だと思います。

そのための仕組みが、終身雇用であったり、退職金制度、福利厚生、社員寮、社員旅行などの集団主義的連帯感を創出させるための仕組みだったのでしょう。

藤田さんは、お父さんとは方向性が違っていたのかもしれませんが、徹底的に頑張らないと成功しないという点は、何をするにしても共通していると思います。

もちろん、スポーツでも同じです。

頑張りすぎることによる弊害ももちろんあるのでしょうが、マイナス面に注意しながら進むしかないのだと思います。


私自身、こういう話しは、凄く好きで、とても勉強になると思って読んでいます。

成功物語に限らず、失敗経験から学ぶことも多いです。

たぶん、すべての人の人生は、とても大きな価値を持っているのであって、あらゆる人から教わることができるはずです。

自分が目標にする人から学ぶだけでなく、自分とは異なる仕事・生活を行っている人(=自分が歩めなかった人生を生きている人)から学ぶことで、自分の視野を広げ、共通点・相違点、意味づけを発見できると思います。

その中から、何らかの糧・エッセンスになるようなものを(帰納的に)見いだし、それを多くの人に役に立ててもらう、というのが理想ですね。

後生が、より幸せになれるような何かを、ほんの少しでも見いだし、彼らに伝えていくことができれば、自分の人生にも意味があったのだと納得できると思います。

食堂経営からスキー場経営へ スノーリゾート界の風雲児 ー株式会社マックアース

食堂経営からスキー場経営へ スノーリゾート界の風雲児 ー株式会社マックアース

 バブル崩壊とともに、経営難に陥っている各地のスキー場。大規模開発によって作り出されたリゾートスキー場でさえ、不振にあえいでいる。そんな中、決してスキー産業が盛んとはいえない兵庫県から飛び出したマックアース株式会社は飛ぶ鳥を落とす勢いで、成長を続けている。兵庫県のハチ北高原の一宿舎からスタートした同社は、2代目の“異端児、”一ノ本社長の経営方針のもと、経営難のスキー場を傘下におさめ、現在全国に27のスキー場を経営している。その躍進を続けるマックアースの原点、その背景にある思いとは。

(中略)

ソチオリンピックで日本は8個のメダルを獲得した。しかし「アルペンスキーは、日本でほとんど話題にならない」と一ノ本氏は嘆く。「ヨーロッパの選手って、スキー場が育てているんですよ。スキー場が売り上げの一部を選手強化に使っているんです。ヨーロッパなんてホントにすーっごい人数の中から選ばれた人達が選手としてオリンピックに出てくる。特にアルペンスキーの方はね。あれが一番、競技人口デカいので」。そもそもの分母の数が違うわけだから、選ばれる選手のレベルも非常に高いのだ。

生い立ちから、人となり、好きなスキーを通したスキー場再生ビジネスへの関わりが、詳細にレポートされています。

記事は、こちら

アスリートを子どもに持つお母さん40人と一般のお母さん520人に聞く「子育て調査」

アスリートを子どもに持つお母さん40人と一般のお母さん520人に聞く「子育て調査」

2014年1月15日
公益社団法人日本オリンピック委員会
プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社

今からでも参考にしたい! 自分の子どもをアスリートに育てる秘訣
「子どもは褒めて伸ばす!」 「家事も人生もス―パーポジティブ!」 など
アスリートとして大成した子どもたちの背景には、お母さんのポジティブな育児法があった!?


 2014年ソチ冬季オリンピック大会応援キャンペーン「ママの公式スポンサー」を行っているP&G(本社:神戸市)は、 パートナーである公益社団法人日本オリンピック委員会(JOC)と共に、オリンピックを通じて家族の絆を深める「JOC・P&G ファミリープロジェクト」を展開しています。本プロジェクトでは、P&Gのオリンピックスポンサー期間である2020年まで、日本中の家族がお互いを思い、その絆を深めていくきっかけとなるような、さまざまな支援活動を展開していきます。
 「JOC・P&G ファミリープロジェクト」の一環として、日本代表に選ばれた経験のあるトップクラスのアスリートを子に持つお母さん(以下、アスリートママ)40人と、一般的な家庭のお母さん(以下、一般的なママ)520人を対象に「子育て調査」を実施しました。その調査結果から、アスリートを育てるアスリートママの子育ての秘訣を探りました。

1.第1の秘訣 子どもは「褒めて伸ばす」を実践
  「よく褒める」アスリートママ82.5%に対し「よく叱る」アスリートママは45.0%
2.第2の秘訣 家事も人生も何でも楽しむスーパーポジティブ思考
  「子どものためなら家事は苦にならない」「自分は人生を楽しんでいる」アスリートママ90%以上
3.第3の秘訣 まずはやってみなくちゃ!「体験・実践」重視
  「知識や情報よりも、実際に体験することが大事だと思う」アスリートママ92.5%
4.第4の秘訣 夫や家族の協力を得る仲良し家族
  「夫が子育てに協力的」「子どものことを夫婦でよく話し合っている」アスリートママ90%以上
5.第5の秘訣 子どもが挫折した時こそ子どもの力を信じる
  「子どもを信じるのみ。」「進む道は子ども本人が決める!」「あなたにしかない良さがある。」
共通 お母さんたち共通の想いは 「子どもの幸せ」
  「自分らしい生き方をしてほしい」「子どもの成長が何よりも大切」はアスリートママ・一般的なママの両方で90%以上

 今回の調査結果を分析・考察し、「アスリートママの子育ての5つの秘訣」としてまとめましたが、全体的にアスリートママはポジティブに物事をとらえ、対処する傾向が強いことが分かりました。一方で、子どもを愛し、子どもの幸せを一番に考えているお母さんの気持ちは全てのお母さんに共通で、子どもに対する愛情深さを再確認する結果となりました。お母さんの無償の愛こそが、子どもたちの夢への原動力になっていると言えるかもしれません。


続きはこちら

pdf資料は、こちら

以下は、pdf資料より抜粋。

キャプチャ1

キャプチャ2

キャプチャ3

キャプチャ4

キャプチャ5

P&Gは、良い貢献をしてますね。

Told to Be ‘Realistic,’ Ted Ligety Defied His Doubters

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15歳の平野歩夢選手が銀メダル

15歳の平野歩夢選手が銀メダル

ソチ五輪・スノボ男子HP

 ソチ冬季五輪第5日の11日、スノーボード男子ハーフパイプで15歳2カ月の平野歩夢(村上一中・バートン)が銀メダル、18歳3カ月の平岡卓(フッド)が銅メダルを獲得した。平野は冬季五輪の日本勢では史上最年少、本県出身選手として冬季五輪で初のメダリストとなり、日本に待望の今大会初メダルをもたらした。

 これまでの最年少は1998年長野五輪スピードスケート・ショートトラック男子500メートルを制した西谷岳文の19歳1カ月。スノーボードの日本選手が五輪でメダルを取るのも初めて。

 村上市出身で中学3年の平野は昨年8月のワールドカップでは全種目を通じて最年少の14歳8カ月(当時)で優勝。奈良県出身で大阪・上宮高3年の平岡は、昨年の世界選手権で2位に入った。若い2人が初の五輪でも持ち味を存分に発揮し、歴史に名を刻んだ。

新潟日報 【スポーツ】 2014/02/12 06:18


ソチ冬物語:ハーフパイプ・平野歩夢選手 15歳62歳、大技タッグ

毎日新聞 2014年02月12日 東京朝刊

 ◇コース整備・高橋さん、5メートル雪壁で応援 4歳で出会い「この子は天才」

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ソチ五輪に出発する直前、平野歩夢選手は高橋恒行さん(左)に五輪の公式服を着て出場報告した=山形県小国町の横根スキー場で2014年1月30日午前11時1分、山本愛撮影

 ソチ冬季五輪で11日、日本人最年少メダルをかけてスノーボードの男子ハーフパイプ(HP)に挑んだ新潟県村上市の中学3年生、平野歩夢(あゆむ)選手(15)=バートン。4歳から県境を挟んで隣り合う山形県小国町の「横根スキー場」に通い、高さ6メートルを超える最大の武器のエア(空中技)に磨きをかけてきた。横根スキー場でコース整備を担当し、長年、平野選手の良き相談相手となってきたのは、孫と祖父ほど年齢の離れた高橋恒行さん(62)だ。あどけなさを残しつつも、大舞台にものおじしない平野選手に「やっぱり、この子は天才」と目を細めた。【山本愛、岩嶋悟】

 横根スキー場は、1990年にハーフパイプコースが設けられ、「日本初の常設公式パイプ」として知られる。平野選手は、サーフショップを経営する父、英功さん(42)に勧められ、スノーボードを始めた。練習環境の良さから当初から車で片道約50分かかる横根スキー場に通い、週末には午前10時〜午後5時の営業時間いっぱい練習を続けていたという。

 約25年前から横根スキー場に従業員として勤務する高橋さんは、訪れた最初のころから黙々と練習に励む平野選手を覚えている。自分でもスノーボードをする高橋さんは「最初は自分より下手だったけれど、あっという間に追い抜かれた」と笑う。小学4年ごろには周囲のどの選手よりもコースから高々と飛び上がる姿を見て、「この子は天才。五輪にも行けるかも」と思ったという。

 持ち前の高さのあるエアが生み出された理由の一つには、横根スキー場特有の事情もある。同スキー場のパイプ幅は約15メートルと、現在、海外の大会で使用されているものと比べて約4メートル狭い。「その分、飛ぶのは忙しいが、大きなパイプに対応できるテクニックを磨くことができたと思う」と高橋さんは話す。

 日々のコース整備には平野選手の意見を取り入れた。特にパイプの端の「リップ」と呼ばれる部分の角度は、1度でも違わないように気を使い、夜遅くまで整備した。2年前にはジャンプの練習のため「クオーター」と呼ばれる約5メートルの雪壁も作った。そこで完成させたのが、平野選手の得意技で、体の軸をずらしながら横に3回転、縦に2回転する「ダブルコーク1080」という大技だ。

 昨季はトッププロが集まる大会で、五輪2連覇中のショーン・ホワイト選手=米国=に次ぐ2位になり、一躍脚光を浴びた。今季はワールドカップ(W杯)に初出場し、1勝を挙げた。

 3日、東京都内であった壮行会で、「五輪は夢の舞台。やっぱり足が震える」と中学生らしい素直な思いを口にした平野選手。初出場にも堂々とした滑りで、大きく羽ばたいた。


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銀と銅を取った平野、平岡選手のコーチが、国母選手なんですよね。

スノーボードハーフパイプは、世界のトップを目指せる若手人材が、間髪入れず輩出されています。

日本は、跳びをメインにした室内施設が多くありますから、フィギュアスケートと同様に、環境面では恵まれている国の一つだと思います。

ただ、平野選手の場合は、家族での練習でありながら、小学生の時にはずば抜けた才能を見せていたようです。

その後は、国母選手の支援を受けながらトップ選手の仲間入りを果たしたとのこと。

あれから4年…スノボ国母、15歳平野をオレ流指導

朝日新聞 2014年2月10日11時47分

 日本スキー競技史上最年少で、スノーボード男子ハーフパイプ(HP)でメダル獲得の期待がかかる15歳の平野歩夢(バートン)には、「憧れの存在」がいる。前回バンクーバー大会で8位に入賞した国母和宏(25)だ。服装の乱れが批判を浴びた国母だが、プロスノーボーダーとして活躍する今、平野のことを「少しでもヘルプしたい」という。

【特集】ソチオリンピック
 国母は契約するスノーボードメーカーなどのDVDで自らの滑りを披露することに活動の重点を置くため、ソチ五輪は目指さなかった。そんな国母が平野を気にかけるのは「自分の後に続いて海外で戦おうとしている」からだ。

 「年齢も国も地位も関係なく滑りが評価されれば、スポンサーもつく」のがスノーボードの世界。五輪HP2連覇中のショーン・ホワイト(米)は年収800万ドル(約8億円)とも言われる。日本に妻と昨年生まれたばかりの長男、犬2匹を残し、米カリフォルニア州サンクレメンテを拠点に活動する国母もトッププロの1人。生活資金は「すべてスノーボードで稼いだ金」だ。幸せで、恵まれていると自覚する。


関連記事「国母和宏さんの真実の言葉 「腰パン」騒動を超え、ソチのメダリスト平野・平岡支えたスノーボーダー」は、こちら

前回オリンピック時の国母選手騒動でも、「こんな礼儀を知らないやつに、税金を払って派遣する必要は無い」という議論(感情論?)がありました。

何か気に入らないことがあると、(自分に使途決定権があるわけでもない、そもそもそんなに沢山払っているとも思えない)ピント外れな主張が繰り返されます。

今回も、JOCの会長さんの息子さんが、やはり税金云々と言ってました。

単に「こんなふざけたやつを日本代表選手として俺は認めない。日本の品位が落ちる。」で良いのにね。

でも、国母選手はこんなに素晴らしい後進を育てているわけで、選手としてだけでなく、指導者としての功績も大きいわけです。

あまり特定のこと(特殊例)に目くじらを立てたり、批判したりすることは、結果としてベストな選択に繋がらないことが経験的に多いように思います。

むしろSAJの影響が弱い競技から、素晴らしい選手が育っていることにもっと目を向けるべきでしょうね。

その事実から何を学べるか。

■平野歩夢(ひらの あゆむ)プロフィール

職業:スノーボード選手
生年月日;1998年11月29日(年齢15歳)
出身地:新潟県村上市
中学:村上市立村上第一中学校在校中
身長160cm、体重50kg
バートンとスポンサー契約

小学4年でプロになり、国内外のコースで経験を積んだ。かつては雲の上の存在だった五輪2連覇中のホワイトに対しても「五輪の舞台で倒したい」と強気な姿勢を崩さなかった。1月の練習中に右足首をねん挫して、実戦は昨年12月中旬以来。「いきなりの五輪で不安はあったけど前の自分に戻ってきた」。高難度の技に狂いはなかった。

 兄・英樹さん(18)を追い掛け、4歳からスノーボードに乗り始めた。学校から帰ると毎日、兄弟でスケートボードを練習した。冬場は父・英功さん(42)に連れられて、県外にあるハーフパイプの練習場まで通った。

 「人一倍努力し、黙々と練習していた」と英功さん。腕を骨折したのに、知らずに滑り続けていたこともあった。病院に行かず、翌日には手を使わずに滑るこつを覚えていた。その後、しばらくして骨折が分かったという。11年の積み重ねが大舞台で花開き、光り輝くメダルを手にした。

 ▼競技歴 4歳の時、3つ年上の兄・英樹さんの影響でスノーボードを始めた。小学4年で用具メーカー「バートン」とスポンサー契約を結ぶ。

 ▼本場で活躍 2013年1月、北米で人気の総合競技大会「Xゲーム」のスーパーパイプに出場し、ショーン・ホワイトに次ぐ2位で最年少メダリストに。その後、実力者がそろった同3月のUSオープン・ハーフパイプで2位に入った。

 ▼趣味 カラオケ、漫画を読むこと。
 ▼好きな食べ物 「つぶ貝」。直前の壮行会では、すしが提供され、ネタにつぶ貝が加えられた。


■平岡卓(ひらおか たく)プロフィール

職業:スノーボード選手
生年月日;1995年10月29日(年齢18歳)
身長171cm、体重63kg
出身地:奈良県御所市
在籍高校:大阪・上宮高校3年生
2014年4月に立命大スポーツ健康科学部に入学予定
フッド所属

 世界ジュニア2連覇などの実績を積み、昨季は世界選手権の銀メダルでその名を高めた。大舞台になるほど力を発揮する勝負強さが持ち味。昨年はテスト大会を兼ねたソチでのW杯で初優勝した。「目標は金メダル。いろんな人の応援にこたえて、最高の滑りを見せたい」と意欲満々に乗り込んだ初の五輪だった。

 3歳下の平野は常に気になる存在だ。ボードの契約メーカー「バートン」は同じで、海外合宿には一緒に赴く。家族に「歩夢には勝てないかもしれない」と漏らし、自信を失いかけたこともあった。だが、「天才的な感じ。自分も負けないように頑張りたい」と評する年下のライバルと競い合い、レベルアップに励んできた。今季W杯開幕戦は0・50点差で平野に優勝を譲ったが、9月のプロツアー大会では逆に平野を抑えて優勝するなど、実力は伯仲している。

 奈良・御所(ごせ)市出身。シーズンの週末になれば、元モーグル選手の父・賢治さん(55)が運転する車で片道5時間かけて、岐阜県内のゲレンデに通った。決して冬季スポーツに恵まれない環境で育ったが、培ったライバル心が18歳で臨んだ大舞台で輝いた。

▼競技 元モーグルスキー選手の父・賢治さん(55)の影響で、3歳でスキーを始める。スノーボードは6歳から。12歳でプロ転向。
 ▼実績 2010、11年ジュニア世界選手権連覇。12年冬季ユース五輪銅、13年は世界選手権銀、ソチW杯で初優勝。
 ▼大技使い 難易度の高い縦2回転横3回転の「ダブルコーク」を習得。
 ▼趣味 漫画は「北斗の拳」を愛読。遠征の移動の際はDVDで映画などを観賞。
 ▼CM出演 五輪公式スポンサーのサムスン電子(韓国)のキャラクターを務める。
 ▼家族 両親、兄と弟。


Matteo Marsagliaの育ち方

Matteo Marsagliaの育ち方


公開日: 2013/12/25
rapiti fin da subito...è o non è uno degli sport più belli al Mondo?!
E poi mi chiedo perchè ho qualche problema con la neve molle...sempre e solo su due dita di ghiaccio!! ;))


1985年生まれのイタリアの選手。

高速系が得意のようで、昨シーズンはSGでワールドカップ初優勝を飾っています。

スキー一家で、楽しみながらどんどん上手くなっていく様子が分かります。

3人兄弟のお兄ちゃんなのかな?

小学校に入るぐらいで、あそこまで滑れるとは。

貴重な映像です。

ちなみに、今はこんな感じ。

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オフトレの様子はこちら

追記:

一番下の女の子も、今はイタリア代表のFrancesca MARSAGLIA選手。

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インタビューで次のように言っています。

Reason for taking up this sport
"As a child I wanted to imitate my older brothers Eugenio and Matteo in everything, and we soon found we could challenge each other in the snow. This was to the delight of my father [ski coach Andrea], but not my mother who is a lover of tennis and the sea." (pianeta-sport.net, 19 Oct 2010)


ボード・ミラーの育ち方

ボード・ミラーの育ち方

Bode is Back!

復活の狼煙を上げたミラーさん。

今回は、その破天荒な育ち方を見ることにします。

ひよっとしたら参考になるかもしれません。(笑)

参考資料として、こちらこちら


ボード・ミラーは、コーチにとっては悪夢、スキーファンにとっては夢の存在。

Samuel Bode Millerが名前。

Bodeは、ミドルネーム。

1977年10月12日、ニューハンプシャー州イーストン生まれ。

4人兄弟。(弟と姉)

Bode Miller Relationships:
Neesyn Dacey Miller - Daughter
Woody Miller - Father
Joanne Miller - Mother
Sara McKenna - Ex-significant Other
Kyla Miller - Sister
Wren Miller - Sister
Chelone Miller - Brother
Morgan Beck - Wife
Samuel Bode Miller McKenna - Son
Chanel Johnson - Ex-significant Other


祖父母が、熱狂的なスキー好きだった。

第二次大戦中にカリフォルニアで知り合い、結婚、ニューハンプシャー州White Mountainsに移ってきた。

彼らは、Tamarack Tennis CampとSki Lodgeを始めた。

次第に、親戚が集まってきて、500エーカーの山の中に、小屋を建てて住みだした。

電気も、水道もなく、薪ストーブを使っていた。トイレは、小川の反対側。

彼は10歳までは学校に行ってなかった。(ホームスクール)

そして、全員がスキー狂。

Woody(父)がテニスキャンプで教えていた時に、Joanne(母)がキャンプに参加し、知り合った。

医学生であり、Turtle Partyの創設者であったWoodyは、Joanneと結婚し、道路から1マイルも離れた森の中に家を建てて住みだした。

通っていたバーモント大学は、ドロップアウト。

生まれてきたボード・ミラーは、自然を探索しながら育った。

2歳で、スノーボード(のようなもの)にまたがり、家の前の小道を道路まで滑っていった。

3歳でスキーを始めた。

4歳頃には、雪がある限り、ほとんど毎日スキーをしていた。

レースを開始したのは、11歳。

両親は、彼が6歳の時に離婚。

母親のJoanneは、すぐ近くに住み、彼と会うことはできた。

彼は、父Woodyと新しい母親の下で育った。

彼が学校に通い出した時、スクールバスに乗るために、日の出前に家を出て歩きださなけばならなかった。

ただ、彼が家族から離れる機会を得たことで、一般社会との繋がりを持つことができた。

高校に入るまでには、テニス選手として完成されていた。

同年代の大会で州チャンピオン。

サッカーにも秀でていた。

スキーでも、11歳の時には地元スキーチームのスターだった。

恐れを知らず、異端な滑り方で、とても速かった。

コーチが彼に「今後上達するためには、滑り方を変えなければならない」と言った時、彼は「あいつは、大バカ野郎だ」と罵り、ジュニオリの選抜など全てを無にしたとのこと。

ただ、彼がスキーヤーとしての才能を持つことが明確になってきたことから、家族は彼をメイン州のCarrabassett Valley Academyに通わせることにした。

コーチが、彼が滑るところを初めて見た時に、めちゃくちゃな滑り方に愕然としたそう。

そして、彼を無視し始めた。

彼は、自分自身で考えて滑りを改良していった。

彼は、スキーに関するどんな細かいことでも、誰よりも熱心に吸収しようとしていた。

K2の代表と話をしていた時に、スノーボードのサイドカーブをスキーに応用できるのではないかと語ったそうです。

卒業論文の書き直しを絶対にしなかったこと、卒業式でもめ事を起こしたこと、などがあり、彼は結局卒業証書はもらえず、単位取得に留まった。ただ彼の考えでは、それはとても素晴らしいことのようだった。

カービングスキーを使い、18歳頃から頭角を現してきたようです。

まとめると:

・自然の中で育ち、体も鍛えられていた。

・スポーツに秀でていた。

・頑なな信念はあるが、新しいことを吸収する意欲は高かった。

・スキーは3歳で始め、4歳頃にはほぼ毎日滑っていた。

・11歳頃にレースを始め、地元チームのスターだった。

・スキーアカデミーで多くのことを吸収し、カービングスキーをいち早く取り入れたことで、トップに上り詰めていった。

とても素晴らしいブログ 「Boat CamperⅡ」

とても素晴らしいブログ 「Boat CamperⅡ」

ワールドカップは、アルペンスキー選手にとっては夢の舞台です。

ただ、現実を見た時に、そのギャップはあまりにも大きくて。(笑)

子供がスキーをするために、家族がしゃかりきになって準備をしたり、送迎をしたり、旗門員をしたり。

むしろ、誰が、どうやって時間を作って、スキー場に連れて行くか、連れて帰ってくるか、それが一番の問題です。

子供のモチベーションの変動もあるし、学校のテストはあるし、宿題もたくさんあるし、将来のことも考えないといけないし、お金も掛かるし。

レースで上手く行けば良いけど、失敗が続いた時には、自分たちは何でこんな事をやってるんだろう、と思ってしまいます。

そういった等身大の、どこの家庭にも共通する(であろう)状況に対して、誰がどのようにに考えて、どういう行動を取ったのか。

正しい選択ができたことも、間違ってしまったことも・・試行錯誤です。

でも、そういうモロモロの日常の中で、我々は生きていくしかないわけで。

その様子を、美化することなく、さらっとブログに書き綴っておられるサイトがあります。

読ませていただくと、長い月日を掛けて、様々な葛藤を経て(現在進行形か?)、子供も親も成長されている様子がよく分かります。

何より素晴らしいのは、親がレースにのめり込むことなく、一歩引いて、冷静に状況を見られていることです。

そして、ユーモアにあふれている。

混沌たる日常の中にこそ、真実は存在するのかもしれませんね。

ブログは、こちら

ぜひお読みください。

テッド・リゲティとは何者なのか?

テッド・リゲティとは何者なのか?

以下は、「TED LIGETY: THE SKIER SET TO DOMINATE SOCHI」から、興味を引かれた部分だけ抜粋・意訳したものです。

特定の国の選手をひいきしているわけではありませんが、英語での情報量の多さと内容の充実度、選手の活躍度から、どうしてもUSスキーチームの話題が多くなることをご容赦ください。


・29歳。パークシティ出身。

・ボンやミラーに比べて、注目度は低かった。

・「勝つ喜びというよりも、負ける悔しさが嫌いだ。」

・「負け続けていたことで、超人的な努力をするようになった。」

・ターンに頭から飛び込み、尻と肘を雪面にこすりつけるぐらい傾けても、エッジグリップを失わず、少しでも早いタイムをたたき出す彼のスタイルは、とんでもなく長時間の雪上の練習量と、痛ましいぐらいの努力によって得られたもの。

・Forest Carey(コーチ)は、「彼は、誰もマネができないようなスキーをしている。」

・リゲティは、スターとして育ったわけでは無かった。

・不動産屋の息子で、9歳の時にPark City ski teamに入ることができなかった。

・翌年にチームの一員になれたが、ほとんどのレースで負け続けた。

・ジュニア期のコーチRob Claytonは、「彼は勇敢で、いつも全力だったが、レースでは失敗していた」

・19歳の時に、USデベロップメントチームに選ばれ、報われることになる。

・2年後の2005年に、「エルボーターン」をひらめいた結果、ワールドカップで4回表彰台に立った。

・リゲティ「体を可能な限り倒し、板をグリップさせるようにした。ターン内側に横になって、身を任せることほど勇気が必要なことはない。他の選手もその技術をマスターしようとしているが、簡単にできるものじゃない。自分は2005年に始めたのに。」

・2006年のトリノ五輪のコンバインドで金メダルを取り、周囲を驚かせた。

・それまでは、ほとんど知名度も無く、スポンサーもない状態であった。

・その年に、彼と協力者は、ヘルメット、ゴーグル、サングラスを扱う会社「Shred」を立ち上げた。

・Shredは、彼のあだ名。(Mr.GSが有名だが)。その頃は、社員が13人。

・レースでの活躍の結果、シティ・グループ、コカコーラ、ケロッグ、プロクター&ギャンブルなどがスポンサーに付くようになり、彼のスキー関連の収入は、7桁(100万ドルから999万ドルの間の意味)になった。

・パークシティの5600平方フィートの家に恋人Mia Pascoeと住んでいる。

・それだけの収入がありながらも、Sredの仕事に直接関わっている。

・夏の間、練習が無いときに、全世界の300ほどの販売店を回っている。

・彼の努力もあり、会社を立ち上げてから、毎年60%売り上げが伸びている。

・「会社を立ち上げたとき、引退後のことを考えていた。」

・ただ、リゲティは、会社の売り上げは、彼のレース成績次第だということが分かっている。

・2011年にGSのルール変更の話が持ち上がったとき、彼は、彼のキャリアを脅かすものと考えた。

・リゲティは、FISはオーストリアスキーチームと共謀して、ルール改正を図ろうとしていると、報道陣に述べた。

・FISは独裁者であり、このスポーツを破壊しようとしているとブログにも書いた。

・しかし、決定が変わらないことがわかると、トレーニングを再開。持久力を向上させるプログラムに取り組んだ。

・「ゴールまで、良いターンを続けられる持久力が必要だった。」

・現在は、ワールドカップの総合タイトルを取るために、SGとSL、そして複合に取り組もうとしている。

・昨シーズンの世界選手権のように。

・しかし、ワールドカップは、コアなレースファンが中心。

・普通の米国民は、ソチ五輪の方を注目している。

・リゲティも分かっていて、五輪レースは全力でアタックしにいく。


・マンモスマウンテンの練習の時に、霧がかかり、コーチ達は、どのぐらいリゲティのタイムが遅くなるか予想していた。

・あるコーチは「2割ぐらい」、別のコーチは「少なくとも3割ぐらい」、ヘッドのサービスマンは、「いや、コンマ5秒ぐらいだろう」と予想。

・彼が霧の中から現れ、ゴールを切ったとき、タイムはコンマ5秒違っていた。

・コンマ五秒、速かったのだ。


と最後は、アメリカらしいオチを付けた記事でした。(笑)

彼の小さいときの滑りを見ても、決して速くなかったのが分かります。

彼の超人的な努力と「エルボーターン」のひらめきによって、才能が開花したようです。

彼の「驚くべき内傾角」は、他の選手がマネしたくてもできない特別な技術のようです。

GSの規格変更に関して、オーストリア陰謀説は、スキージャーナルで久住さんも書かれていましたので、米国アルペン関係者に共通する認識なのかもしれません。

私には、何とも言えないところですが。

リゲティの生い立ちやビジネスへの取り組みに関してほとんど知らなかったので、いろいろと勉強になりました。

米最高峰アメリカン・バレエ・シアターの正団員に 小川華歩さん(18)

米最高峰アメリカン・バレエ・シアターの正団員に 小川華歩さん(18)

2013.9.26 08:30 産経新聞

 今年6月、米最高峰のバレエ団アメリカン・バレエ・シアター(ABT)に正式入団を果たした。日本人の現団員としては、ソリスト(最高位ダンサーに次ぐ地位)として活躍する加治屋百合子さんに続き、2人目だ。

 「こんなに早く入れるとは思わず、驚きました。小学生の時、ABTをモデルにした映画を繰り返し見て、一筋にあこがれ続けてきたので本当にうれしい」

 三重県四日市市出身。母の勧めで3歳でバレエを始め、2010年、世界最大のバレエ・コンクール「ユース・アメリカ・グランプリ」のニューヨーク決戦で銀メダルを獲得。奨学金を得て15歳でABTに付属するジャクリン・ケネディ・オナシス・スクール(JKO)に留学した。

 しかし目の肥えたニューヨーカーを楽しませる、華やかな舞台イメージとは裏腹に、そこはバレエの基礎を徹底的に固める厳格な教育の場だった。

 「毎日、一つ一つの動きに『カホーッ!』と怒鳴られ、校長先生に別室に呼び出されて『なぜ振りを間違った?!』などと問い詰められたこともありました」

 校長のけんまくに泣き出す生徒も珍しくなかったが、「自分は怒られて伸びるタイプ」と前向きに考え、指導に食らいついた。やがて得意の回転など、技術力や表現力も認められるようになり、留学2年目からは地方バレエ団への客演などチャンスも巡ってくる。研修生を経て入団が決まり、厳しかったJKO校長が一番祝福してくれた。

 来年2月には、ABT来日公演に出演する。「ABTの一員として出演できるのが楽しみ。毎日成長し、変化し続けるダンサーになりたい」。(飯塚友子)


彼女の詳しいインタビューは、こちら

また、ソリストとして活躍されている加治屋百合子さんの経歴もすごいです。

こちら、あるいはこちらをご参照。

一言でいえば、根性が違う、と感じます。

加治屋百合子さんの動画は、下のリンク。

http://www.youtube.com/watch?v=uqkIqJK6Oe8

猪谷千春「子に対する親心」

猪谷千春「子に対する親心」

国際オリンピック委員会名誉委員  猪谷 千春 (東京都中央区)

【略歴】冬季五輪銀メダリスト。現在、国際オリンピック委員会名誉委員、日本オリンピック委員会理事、東京都スキー連盟会長。富士見村名誉村民。

◎潜在能力伸ばす環境を

 親は子どもたちに大きくなって社会人になったら立派な人間として成功してほしいと誰しも願い、さまざまな形でバックアップしている。私の両親も例外ではなかった。明治生まれだった両親は私に対し、男として生まれたからには人の上に立てるような立派な大人になりなさいと、いつも励ましてくれ、そのために必要な環境づくりに最大限の努力をしてくれた。私が小さい時から人並み以上に恵まれた運動神経を持っていることに気づいた両親は、自分たちの好きなスキーの世界で成功させようと考えてくれ、できることは何でもしてくれた。決して裕福でなかった猪谷家は、そのために生活費を切り詰め、練習にふさわしいスキー場と、小学校が近くにあって勉強にも支障を来さない便利な場所を求めて住まいを転々と替えた。これが後に猪谷家がジプシー一家と呼ばれるようになったゆえんである。

 常に最高のスキー用具をそろえ、文字通り両親は自分たちの全てを犠牲にして私を後押ししてくれた。この両親の並々ならぬ努力と犠牲があったからこそ、のちに私はオリンピックで銀メダルを取り、世界選手権でも銀と銅メダルを獲得し、ついに世界で活躍できるスキー選手になれた

 その後、選手生活を終え社会人になってからも、子どもの時から勉強もしっかり続けさせてもらったおかげで、米国の在日大手保険会社の社長となることもできたし、国際オリンピック委員会の委員にもなれた。

 私はこの貴重な経験をもとに、世のご両親に対し、子どもの持っている潜在能力を少しでも早く見つけ出して、その能力を伸ばせるような環境づくりに努力をしてほしいと申しあげてきた。

 また私は、しばしば人から「本当に恵まれた星の下に生まれた幸運な方ですね」と言われる。私はそれを否定するつもりはないが、幸運は何もせずに手に入るとも思っていない。幸運の星は空気と同じように万人の周りに存在していると私は信じている。その幸運を自分の所に引き寄せるのは、自らの努力しかないと思っている。ことわざに“果報は寝て待て”とあるが、事実は最善の努力をした後、静かに結果を待てという意味であることは万人が承知している。世の中で何も努力しないで成功した人はいない。

 私は大変厳格な両親から厳しく育てられた。「お前はよその子どもたちと違って勉強の傍らスキーをしているのだから遊んでいる時間などない。時間があったらもっと練習や勉強をするか、家の手伝いをしなさい」と言われ、人並みに遊ぶ時間はほとんど与えてもらえず、本当につらい少年時代を送った。しかし、この厳しい両親のしつけに耐え、血のにじむような努力をしたからこそ、後に人もうらやむ幸運をつかみ、素晴らしい人生を経験することができたのだと固く信じている。

(上毛新聞 2013年5月26日掲載)


素晴らしい文章です。

スキーだけでなく、考え方の部分もしっかりと教わったのでしょうね。

スキーは、ビジネスで成功するための「きっかけ」にはなったのでしょうが、その先は、その人個人の努力・能力ですから。

常識や、的確な判断力、説得力・・など、下の「社会人基礎力」の要素がなければ、良い仕事はできないと思います。

テニスの杉山コーチの「人間力」とも多くが重なると思います。

ジュニアスポーツは、「技術の向上」と「人間力の向上」の両方が、目標になるのだと思います。

倉尾正典「スポーツに関わろう」

倉尾正典「スポーツに関わろう」

NPO法人ザスパスポーツクラブ理事長  倉尾 正典 (前橋市石関町)

【略歴】宮崎県生まれ。2003年から2年間、ザスパ草津トップチームコーチを務め、05年からアカデミー(下部組織)コーチ。Uー18監督と兼任で12年から現職。

◎「支える側」増やしたい

 スポーツは自分で行うだけが全てではない。

 日本では小学校から体育の授業があり、体育とスポーツが同意義で扱われることが多いが、本来この二つの単語は意義が異なる。体育は「運動を通じた心身の成長」が主たる目的であり、訓練的な意味合いが強い。それに対し、スポーツは「運動や競技を楽しむ」ことが主たる目的で、必ずしも競技的な意味合いを持たず、レクリエーションに近いものである。

 スポーツと聞くと、体育的な意味合いで捉える人が多いのではないだろうか。しかし、スポーツと体育は別のものである。スポーツとは楽しむものであり、さらに、その関わり方は自らが競技を行うだけでなく、さまざまな方法がある。そこでわれわれスポーツクラブの役割は、スポーツを行う場の提供はもちろん、それに関わるさまざまな方法を提供することにあると考えている。

 スポーツへの関わり方は、大きく分けて「スポーツをやる側」と「スポーツを支える側」に分けられる

 「スポーツを支える」役割として、各競技のコーチやインストラクターらはスポーツのやり方や競技力を向上させ、観客は観戦したり応援したりする。また、運営スタッフはそのスポーツを滞りなく行えるよう努める。このように関わり方はたくさんある。

 われわれは総合型地域スポーツクラブとして当然、「やる側」への機会提供が狙いとしてあるが、さらに「支える側」の機会を増やしていく必要もある。「支える側」の数が増えれば、必然的にスポーツに関わる人数が増える。「やる側」になるには、その競技を経験していることが有利に働くが、「支える側」になるには競技経験はさほど影響せず、スポーツへ関わるきっかけを持ちやすいのではないだろうか。

 「支える側」になるきっかけづくりが今後、スポーツクラブの大きな役割となるとわれわれは考えている。それが結果的にスポーツの普及につながり、人々の日常にスポーツがあるということになると考える。

 3月になってJリーグが始まった。プロスポーツとアマチュアスポーツでは違いはあるだろうが、プロスポーツでさえも「支える側」なくしては成り立たない。試合を運営するスタッフは、仕事として報酬をもらっている人が当然多くいるが、さらに多くのボランティアスタッフなくしては成り立たない。

 サッカーというスポーツを介して、そういった役割があることで、多くの人々の日常にスポーツがある。それが生きがい、やりがいにつながることで、スポーツを楽しむことになり、スポーツ本来の意味をなすのではないだろうか。

(上毛新聞 2013年3月28日掲載)


猪谷千春「夢をかなえる」

猪谷千春「夢をかなえる」

国際オリンピック委員会名誉委員  猪谷 千春 (東京都中央区)

【略歴】冬季五輪銀メダリスト。現在、国際オリンピック委員会名誉委員、日本オリンピック委員会理事、東京都スキー連盟会長。富士見村名誉村民。

◎身の丈に合った計画で

  私は80年余の人生を通して三つの大きな夢を描き、その夢をかなえるために最大限の努力をしてきた。

 両親は日本スキー界の草分けで、私は幼少のころからスキーをはかされて育った。スキーに関して私の持った夢はオリンピックでメダリストになることだった。その夢に向けて、まず日本一に、次いでオリンピック選手に。そして2度目の五輪出場で銀メダルを獲得して夢を果たした。

 サラリーマンになって描いた夢は社長になることだった。まず部長を目指し、次いで役員に挑戦、そして46歳でこの夢をつかんだ。

 51歳で国際オリンピック委員会(IOC)の委員に任命された時、ゆくゆくは少なくとも副会長になる夢を描き挑戦(諸般の事情から会長は無理と判断)。まず小委員会の委員長に、次いで理事に、そして74歳で夢を達成した。

 私は描いた夢に挑戦する時、常に最大限努力すれば何とか手の届く所に最初の目標を置き、クリアしたらまた同じように次の高い所に目標をつくり、この繰り返しで最終的な夢の実現を目指した。初めから大きな夢(目標)に向かって努力しても、達成するまでは長い時間がかかり途中で挫折しかねないからである。

 ある冬、メダリストになる夢を追って米国で猛練習していた時、私はいまだかつて経験したことのない大スランプに陥り、試合で勝てなくなってしまった。途方にくれた私は、観客でいっぱいの会場を見回しながらふと考えた。今の成績では、大観衆は私の滑りを見て「東洋人にしては結構上手な選手」くらいにしか評価していないだろう。どうせ勝てないならと思い、その後は勝つことは諦め、きれいな滑りをして観客の評価を受ける作戦に切り替えた。しばらくして意外にも徐々にタイムが良くなり、なんとシーズン後半に出場した全米選手権で優勝してしまった。

 春になり反省して分かったことは、シーズン当初あまりにも調子が良かったことから、知らず知らずのうちに力みが入り、スキーを技術でなく筋力で振り回すようになってしまった結果、必要以上にスキーのエッジが雪に食い込み、回転の後半にブレーキがかかって失速していたのだった。その時以来、私はスポーツに限らず、何事でも基本をしっかり守って取り組むことを心掛けるようにしてきた。

 夢は“絵に描いた餅”で終わらせてしまったのでは意味がない。私は夢をかなえるための基本動作として常に自分の身の丈に合った行動計画を立て、その計画に沿って最大限の努力をした。途中でくじけそうになった時は頭を使い、前回この欄で触れたゼロベース思考で活路を見いだし、いつも前を向いて頑張った。幸い運にも恵まれたが、このようにして私は描いた三つの大きな夢を手に入れることに成功した。

(上毛新聞 2013年4月1日掲載)


猪谷千春「ゼロベース思考」

猪谷千春「ゼロベース思考」

国際オリンピック委員会名誉委員  猪谷 千春 (東京都中央区)

【略歴】冬季五輪銀メダリスト。現在、国際オリンピック委員会名誉委員、日本オリンピック委員会理事、東京都スキー連盟会長。富士見村名誉村民。

ゼロベース思考

◎アイデア、解決策浮かぶ

 昔から文武の両立は難しいと言われている。“二兎を追う者は一兎をも得ず”と戒めらしきことわざもある。

 私は縁あって1953年、アイビーリーグのメンバー校、米国のダートマス大学に入学した。留学を支援してくれた米国の実業家がスキー部も強く、しかも一流の大学が猪谷にはふさわしいと言って、この大学を選んでくれた。しかし、入学すると同時に、私は大きな壁に向き合うことになった。母国語で勉強する米国人の学生にとってもハードルの高いこの大学は、私の前にまるで巨大なビルのように立ちはだかった。

 期末試験で全科目の平均点が60点を下回るとさまざまな罰則が科せられ、その一つに「次の学期間はキャンパス外で催される一切の行事に参加禁止」という厳しいものがあった。私は大学で勉強しながらスキーを続け、五輪にも出場するつもりでいたから、何としても60点の壁を乗り越えなければならなかった。そのためには多くの時間を勉強に割かなければならず、初めのうちはスキーに必要なトレーニングの時間がほとんど取れなかった。私はあらためて文武両道の難しさを知ることになった。しかし、私は元来、大の負けず嫌いである。成績が悪くて大学から放り出されるのは潔しとしないし、五輪出場も絶対諦めたくなかった

 そこで私は、本当に文武両道は不可能なのか、ゼロから考えることにした。まず、トレーニングは屋外で、勉強は屋内で―の既成概念を捨て熟慮した結果、講義を受けながらトレーニングはできないが、勉強しながらある程度のトレーニングはできることに気が付いた。スキーの選手が必要とする強靭(きょうじん)な足腰、腕部、腹筋や背筋、敏捷(びんしょう)性、視力等をリストアップし、勉強しながらいかにその部分を鍛えるかを考えた。腕立て伏せをしながら床の上に置いた教科書を読んだり、今で言う空気椅子に30分以上も腰かけた姿勢で読書し足腰を鍛えた。また、滑るコースを暗記するのに必要な記憶力を養うため、講義は可能な限りノートを取らず、夜復習する時作成する等、およそ考えられることはすべてやった。

 苦労したかいあって罰則を受けることなく4年間で大学を卒業した。3年生の時五輪で銀メダルも取ったし、全米選手権も4年連続取り続けた。さらに2年間スキーチームのキャプテンを務め、大学を全米大学選手権で優勝に導いたりして、充実した米国での4年間であった。

 その後、大学で役立ったこの考え方を「ゼロベース思考」と名付け、社会人になってからもしばしば応用して、わが道を切り開いてきた。過去の経験やデータにとらわれることなく、ゼロに立ち戻って物事を考えると、意外と良いアイデアや解決策が浮かんでくる。読者の皆さんもぜひ試していただけたらと思う。

(上毛新聞 2013年2月6日掲載)


マルセル・ヒルシャー 3歳の滑り

マルセル・ヒルシャー 3歳の滑り

正確には、2歳11ヶ月からの映像。

初めてのスキー?に初レース?

実に上手だと思います。



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<技術解説本・DVD>
皆川賢太郎DVD
皆川賢太郎 スキー完全上達
皆川賢太郎 最速上達メソッド
浦木健太 GSテクニック
吉岡大輔 落とすGSテクニック
生田康宏 トップアルペンテクニック
竹節一夫 アルペンテクニック

<トレーニング論>
アスリート達は本当に速くなっている?
究極の鍛錬
俊敏性練習は、俊敏性を向上させるか?
「良いトレーニング、無駄なトレーニング」
「ゴールデンエイジ理論」の不思議
運動能力と遺伝、環境
筋収縮とエネルギー

<学ぶということ>
○科学的方法論
「仮説演繹法」再び。
アイスクリームを食べると、水死する?
科学的方法論のエッセンス
○学問のすすめ
米大学における多面的・総合的な評価
稲盛和夫「伸びる人、立派になる人、いらない人」
U.S. News Best Global Universities
いま注目されるリベラルアーツ教育
いちばんやさしい教える技術
人材育成の実践
新たな高等教育機関の制度化
快楽の人生、充実の人生、意味のある人生
全てリクルートから学んだ
創造性を発揮するには?
ノブレス・オブリージュ
大学入試成績と入学後の成績
修正版:博士が100人いる村
教えるということ
のめり込む力
ダニエル・ピンク:やる気に関する科学
ダン・アリエリー:仕事のやりがい
人間万事塞翁が馬:山中伸弥
人生はその時の最適解の積み重ね
量は質を生む
高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう
最初の3年で仕事人生の大半が決まる説
根拠なき自信
ノブレス・オブリージュ
中高生のための勉強法
自分の頭で考え、勇気を持つこと。
頑張ったらご褒美があるメンタリティ
自浄作用
いじめについて
タイガーマザーと文武両道

<その他>
インプレッサ路肩から這い上がる
美味しいコーヒーの入れ方
身近なコーヒーあれこれ
スーパーで買える美味しいコーヒー
辞めたくても辞められない
外食産業が日本を滅ぼす?
シナノ:なつかし写真コンテスト
福井県立歴史博物館:昭和のくらし
解放値の計算

<大会ルール(和訳)>
FIS競技用品規格
アルペンスキー国際競技規則(2010-11)
同 決定事項及び指導事項(2010-11)
アルペンポイントルール(2010-11)

<ポイント関連>
ポイントとは?
SAJ ポイントリスト
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Author:ジュニアスキー
子供が小1の冬に家族でスキーを始め、すっかりその魅力にはまっております。小4から地元のスポーツ少年団に所属し、競技スキーを始めています。(現在中3)
ジュニアアルペン競技の情報ブログとしてスタートし、最近ではスキー全般、その他に関する話題も扱っています。
上欄のカテゴリから興味のある話題をお選び下さい。
(2009年7月25日開設)


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