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ジュニアアルペン競技とスキー全般についての情報ブログです。

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世界的に見ても女子は男子より成績が良い これが続くと...【研究結果】

世界的に見ても女子は男子より成績が良い これが続くと...【研究結果】

女子の方が男子より学校の成績が良いというのは、日本の大学調査では知られていた結果ですが、世界的にもそういう傾向がありそうです。

もし、本当にそういう違いがあるのなら、文化などの環境要因ではなく、遺伝的理由としか言いようがなくなります。

トップクラスは、男子が多い気がしますし、入試などの大きな試験では、あまり違いは感じません。

普段の学習に関して、ウサギとカメの違いがあるのかもしれません。

アメリカでは、こうした性別による学力特性の違いを前提として、男女別教育の方が、共学よりも成績が上がったという報告もあるようです。

この結果、男子校、女子校が増えているとか。

The Huffington Post | 執筆者: Rebecca Klein

投稿日: 2015年04月18日 15時59分 JST 更新: 2015年04月18日 15時59分 JST

世界中の多くの国で、女子は男子よりも学業面で優秀な成績を収める傾向にあるようだ。女性が政治的、経済的または社会的不平等に直面している場所でさえも。

スコットランド、グラスゴー大学のギスベルト・ストット博士とミズーリ大学のデヴィッド・C・ゲーリー氏の報告によって、2009年に、調査対象74カ国のうち52カ国で女子高校生が国際標準テストで顕著に良い成績を収めたことが明らかになった。

研究者らは、学業成績と各国のジェンダー不平等度の相関を調べることを目的として調査を開始した。典型的に女子が不平等に扱われる国において、彼女たちの国際学生アセスメント・プログラムでの成績は相対的に劣るであろうというのが当初の彼らの想定であった。しかしその反対に、女性の処遇に関係なく、女子は過去10年間常に、男子を上回る成績を収めていた

研究では、特に男女間で機会の不平等性が見られやすい厳格なムスリム諸国でも、同様の結果となった。「こうした国の多くで、女性は多くの行動を制限されています。しかしこうした国でさえも、女子が学校でよりよい成績を収めていることは興味深いことです」。ゲーリー氏はハフポストUS版に対して語った。

研究の対象となった「PISA」は、OECDにより2000年から世界中で実施されているテストだ。2009年のテストでは、調査対象国の70%において、読解、数学、科学で女子が男子よりも成績が良かった。

ゲーリー氏は、男性の上位成績者は女性の成績優秀者よりも数学でよい成績を収める傾向にあると述べた。この事実は、理系職でのジェンダーギャップを説明しているように見える。しかし同時に、ゲーリー氏は全体では女子の成績がより高いという事実に対する視点が欠落していると指摘した。

「男子は理系に進み、数学に秀でているというような議論は、成績優秀な生徒たちの話にすぎません」。ゲーリー氏は述べた。「世界全体を見れば、そもそも理系に進むことができない子供たちの数の方がよほど多いのです。世界の子供の95%は、どの国であっても男子が女子の成績にひけをとっていることがわかります」。

ゲーリー氏は、ますます複雑化する労働市場に対し、研究の示唆するところには大きいと述べた。とりわけ途上国において、職業技能を持たない男性が増加する可能性があると言う。

「職業技能を持たない男性の比率が高い国では、暴力犯罪を含めた犯罪率が上昇します」とゲーリー氏は述べた。

ゲーリー氏はこの発見が、男女間の学業の差という問題への世間の関心を高めてくれることを望んでいると言う。

男の子の問題は見逃されています。これは重大な、世界レベルの問題であり、潜在的にも意味を持つものです。これまで言及される機会がなく、なぜそれが問題になりうるのか人々の関心を引いてこなかったテーマです」。

この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。


悪ガキは、男の子に多いのは実感します。

ただ、女子の方が成長が早いという要因もあると思うので、条件をそろえたのかどうかは気になります。

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福岡伸一「文系と理系の溝が成果の共有を阻む」

福岡伸一「文系と理系の溝が成果の共有を阻む」

アエラの2015年4月13日号に掲載された文章です。

素晴らしいですね。

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キャプチャ1

「レポート 売ります! 買います!」 ハッピーキャンパス

「レポート 売ります! 買います!」 ハッピーキャンパス

レポートや過去問が、500円から千円ぐらいで売買されています。

こんなサイトがあるとは、ひっくり返りましたね。

一方で、コピペレポート発見ソフトもあります。

剽窃チェッカーも。

もう何とも言いようがありません。

ズルく生きるのはやめましょうね。

「なぜ日本の大学生は欧米の大学生に比べて勉強しないのか」

「なぜ日本の大学生は欧米の大学生に比べて勉強しないのか」

鈴木 典比古 公立大学法人国際教養大学理事長・学長

大学分科会(第108回)・大学教育部会(第20回)合同会議 配付資料より

日本人の大学生が欧米の大学生に比べて勉強していないという状況は東京大学・大学経営政策研究センター「全国大学生調査」(2007年、サンプル数44,905人)による大学1年生の週平均勉強時間数の比較でも示されているが、米国で10年、日本で26年程教鞭をとった私の個人的な経験からしても事実であると思う(ただし、私が学長を務めたICUの学生の名誉のために付け加えるならば、彼らの多くは米国の学生並みに勉強をしていると言える)。これには日米の大学生の生活・学習環境の違いに帰される面もある。日本の大学生が大学で勉強しない理由として、以下のような事情があるのではなかろうか。(ただし、以下のコメントでは、平均的な日米の学生を想定している)

○1 日本の大学生は高校での受験勉強(暗記型)で疲弊した後に大学に入ってくる。しかも、2~3月に大学に合格すると、その疲弊を回復する間もなく、4月には入学して大学生活が始まる。大学生活の最初から、自ら学習する習慣が身についていない。また、高校の時期に時間的な余裕や考える機会が余りないことから、大学に来る目的を明確に自覚していない学生が多い。大学生活を含めた自分の生き方を若い時期のどこかの時点で真剣に考えなければならない。しかし、その事を経験しないまま受験→大学生活→就職→職業生活→退職という人生のレールを歩いている。これは多くの日本人の一様な人生模様であると言ってよいであろう。

○2 米国のリベラルアーツ系大学では入学の時点では学生の専攻は前もって決まっていない。1~2年次に一般教育を履修しながら自分の専攻分野(Major)を決めてゆくのである。この段階は自分の適性、進路、職業、人生と専攻分野をいかに関連付けるか模索する時期で、大学生活にとって重要な体験の時期である。ところが、日本では大学の入学試験が専攻分野別の入試なので、高校の受験勉強(暗記型)のみで大学への進路決定が短絡的になされてしまうことが多い。高校での進路指導も偏差値による進路決定や志望校分別が強いて言うならば機械的に行われている。全人教育(後述)を行うとされる学士課程教育に入学してくる新入生が高校の段階で既にこのような機械的進路指導と分別を受けてくることの矛盾を考えなければならない。真の意味での高大連携が出来ていない。しかし、日本の各大学が独自の偏った入試問題によって入試選抜を行っている点にも大いに原因がある。この事が高校教育のあるべき姿を歪めていることは否定できない。

○3 米国の多くの大学は都会を離れた閑静な田舎に立地し、大学町を形成している場合が多い。特にキャンパスを州政府から供与されているthe land grant universityやリベラルアーツ系の小規模大学はそうである。この様なキャンパス環境では学生が勉学や日常生活に支障を来さないように、図書館、寮、体育施設、文化施設、医療施設、等が充実していて、学生が忙しく勉強に明け暮れる学期中や平日は生活がキャンパス内で完結している。アルバイトなども、大学に関係のある食堂の皿洗いや図書館の本の貸し出し・返却業務、キャンパス清掃等に限られている。大学院生はTAの仕事が可能である。キャンパスの立地と環境が、学生が勉強に専念できる基本設計思想になっている。

○4 このようにキャンパスで完結できる学生生活を送っている米国の大学生は、平日は勉強に集中し、週末は徹底的にリラックスするというメリハリの利いた学生生活をするのが普通である。平日は大学の外の街に出ることも少ない。また、夏休みは3か月あるが、多くの学生にとってこの期間は休みではなく、働いて(summer job)次の学期の学資をためる期間である。学期の期間中や週のうちの平日には勉強に集中するために図書館の充実が不可欠であり、開館時間は午前8時から夜12時まで、また24時間利用できる「24 Hour Room」が置かれている。学生は金曜日の夕方から土曜日の夜までは勉強しない。パーティや運動が盛んに行われる。この、週末のリラックスのためには寮、運動施設、文化施設などの完備が不可欠である。これに対して典型的な日本の大学生の学生生活は、大都会でアパートに暮し、通学に時間がかかり、図書館の利用頻度も低く、運動に汗を流せる施設も少ない。アルバイト優先の生活態度も少なくない。これを要するに、大学教育にかける資源の量が日米の大学では全く違うといってよい。

○5 この差の原因の一つに、授業料の差があることは間違いない。米国の大学の授業料は日本の大学の授業料に比べて非常に高い。私立大学では年間授業料は平均で35,000ドルくらいであろう。これに学生生活費が12,000ドルくらい必要である。州立大学の場合、リーマンショック以来、州立大学に充てられる州政府予算は大幅に削減されている(私立大学でも運用基金が大幅に損害を被った大学は多い)。このような状況下で、州立大学の授業料も、近年大幅に引き上げられている。州立大学でも州内出身の学生(父母が州税納入者)の授業料(In-state Tuition-年間平均9,000~10,000ドル)と州外出身学生の授業料(Out of state Tuition-年間平均20,000ドル)は異なる。このように高い授業料と州政府の予算によって米国の大学の教育の質は保たれているのである。また、米国における寄付文化の伝統も大学経営に資するところ大である。米国の平均的な家庭の収入ではこれらの高い学費を負担することはできない。当然、学費は学生自身が連邦政府貸与ローンなどを利用して賄うことになる。貸与されたローンは学生が卒業後に数十年をかけて返却するのである。

○6 米国の大学生が連邦政府貸与ローンを利用できるためには、通学する大学が大学認証機関(the accreditation agencies)によって認証された正規の大学であることが条件となっている。米国の大学がなぜ認証機関による認証を受けることを重視しているかの理由は、認証を受けなければ(accredited)学生が来ないということがあるからである。高校生も大学進学志望校を選択するに際しては、志望校が大学認証機関によって認証されているか否かを必ず確認している。

○7 米国では大学入試に際しては多方面からの評価によって選抜を行う。高校3年間の成績、SATの点数、クラブ活動、社会奉仕、高校担任の推薦状、などなど。従って、高校の通常の勉強が志望大学への合格にとって最重要である。高校の授業は対話型が多く、暗記型は少ない。予習のための宿題が多い。従って、大学入学時に、すでに対話型の授業に慣れている。日本の教育では小中高大学を通じて学生(生徒)が対話型の授業を受ける機会が極めて少ない。

○8 日本の大学教育は一度の大学入試を経て合格すると進学した大学で4年間を過ごし卒業する。すなわち学生の大学間移動がない。各大学が入試選抜によって受け入れた学生を囲い込んでいる。米国の大学では多様な大学間で学生の移動が可能であり、移動の際に目安となるのは大学間の授業科目間調整(articulation)と学生のGPAである。学生達は、例えば、とりあえずコミュニティカレッジに入学し、そこで勉強に励んで高いGPAを取得し、その高いGPAを持って、コミュニティカレッジよりもランクの高い州立大学に編入してゆく。いわば大学間横断が可能である。しかし、日本の大学にはこのような「大学間渡り鳥制度」がないために、学生は大学に囲い込まれたままで、勉学途中で移動するようなことはできない。日本のこのような硬直的大学制度はグローバルな規模で起こっている大学生の流動化(「学生渡り鳥制度」)に対応できない。

○9 日本の大学ではシラバスの作成と公表が義務化されているが、多くの場合、授業予定(工程)表としてのシラバスが学生にとって使えるような内容になっていない。すなわち、学生はシラバスによって授業の内容・進捗を確認し、毎回の授業に合わせて予習・復習をするのであるが、日本の大学のシラバスは、学生が予習・復習できるような工程表の要件を欠いている。(例:シラバスの中で「参考文献は授業中に指示します」などという参考文献の取り扱いを頻繁に見かけるが、これでは学生が予習をして授業に臨むことはできない。学生は受け身の受講にならざるを得ず、双方向の授業にはならない。)不完全なシラバスは学生の勉学を動機づけない。

○10 日本の大学で行われている大規模授業では学生が授業に出席する頻度は高くない。また、成績評価が学期末の筆記テストのみで行われることが多い。米国でも大規模授業はあるが、その場合には大教室での授業は専任の教員(多くはベテラン教員)が担当し、大人数の学生を少数グループに分けてディスカッション・セクッション制をとっている。ディスカッション・セクッションでは受講生たちを少人数グループに分け、大教室で専任教員が行った講義の内容を使って受講生たちがデイスカッションを繰り広げる。これは大教室での授業のこれを大学院博士後期課程で博士候補試験に合格した学生(the doctoral candidate=DC)がTA(the teaching associate=学内補助講師)となって指導するのである。TAの博士課程学生は授業料免除とともに奨学金を与えられることが多い。DCの多くは博士号取得後に大学で教職に就くことが多いので、博士課程在学中にTAを経験することは大学へ就職する際に重要な準備を行うことになる。

○11 ここで、TAにも2種類あることに言及しておく必要がある。これは博士課程の学生が勉学の進捗状況によって2段階に分けられることと連動している(しかし、ここでいう博士課程とは日本で言われている博士課程前期(修士課程相当)と博士課程後期(博士課程相当)の区分とは異なることに注意。後述するように、米国の大学院博士課程-日本の博士課程後期にあたる時期-は2段階に分かれている。すなわち、○1博士候補資格試験(the doctoral qualifying examination)合格前の博士課程の学生は博士課程学生(the doctoral student=DS)と呼ばれ、○2博士候補試験合格後の学生は博士候補学生(the doctoral candidate=DC)と呼ばれる。博士課程に入学して日が浅く、コースワーク(受講課程)受講中で博士候補資格試験(the doctoral qualifying examination)に合格していないDS学生は教員の授業準備を手伝う仕事などを行うが、ディスカッション・セクションを担当する学内補助講師にはなれない。他方、博士課程候補試験に合格したDC(さらに、博士論文プロポーザルに合格し、博士論文執筆中のDCであれば尚更)はディスカッション・セクションを担当し、学生の成績をつける権限と責任を付与される。
日本の大学の大学院では、このように博士候補資格試験(the doctoral qualifying examination)制度が厳格に確立されていないために、TA制度やTAの身分、仕事に関する議論もあいまいであり、TAといえば教員の授業準備を行う助手であるといったくらいの理解しかなされていないのは問題である。TA制度の未確立は将来の大学教員になるであろう大学院学生に対して、とくにDC段階の学生に対して、彼らが大学教員として効果的な授業を行うために必要な授業訓練の機会を与えられないことを意味している。このことが日本の大学教育の質の向上を妨げている。

○12 学生の学習成果(Learning Outcomes)の確認は、多方面からなされるべきである。たとえば、米国の大学では、成績の付け方は、中間試験(たとえば、全成績の10%)、最終試験(40%)、授業出席と議論への参加(20%)、グループプロジェクトとその報告(30%)、などを基礎にする。ビジネススクールの授業ではグループプロジェクト評価の場合、学生同士がグループプロジェクトへの各メンバーの貢献度を相互評価しあう。この相互評価の結果が学生の学期末成績に影響を持つことも多い。最終成績はアルファベットのA,B,C,D,Fなどを付されるが、Aは最終成績に換算される全得点の100~90%,Bは89~80%,Cは 79~70%, Dは69~60%, 60%以下はF(Fail)となる。成績は相対評価で、その分布は多くの場合正規分布的になる。したがって、Aは上位10%、Bは次の35%、Cは35%、Dは15%、Fは5%、と言った分布になる。米国の大学生の中には点取り虫的な学生も多いが、学生が勉強をしなければならない理由はこのように明確な成績付与方針(the grading policy)にもある。GPA換算ではA=4点、B=3点、C=2点、D=1点、F=0点、となり、Cummulative GPA(全学年を通じてのGPA)が1.00を下回る学期が3~4学期あると退学になる。このようにしてグレードインフレーションを防ぎ、学生の成績管理をしている。

○13 米国では大学生の学資を親が仕送りするという習慣はあまりない。米国の大学生の多くは奨学金や連邦政府貸与ローンで学費を賄っており、将来返還の義務がある。従って、大学に来ても勉強しないということは「借金をしながら返済のことを考えずに遊んでいる」ということであり、彼らにとって考えられない事態である。

○14 しかし、近年の日本経済の停滞を反映して親からの仕送りが減っていることも事実であり、親元を離れて大学生活を送る日本の学生は生活費の不足分をアルバイトに頼らざるを得ない。しかし、ここでも、明確な大学生活の目的や勉強の動機を持たない場合には、アルバイトが学生生活の中心になり、勉強に費やす時間がなくなることもまれではない。

○15 米国の大学生の就職では、専攻分野によって初任給が違う事が多い。また、大学時代の成績(GPA)や指導教授の推薦状が就職に際して重要視されている(指導教授は必ずしも推薦状に良いことだけを書くわけではない。公正で率直な学生評価が重要視されている。教員が了承すれば、学生は就職希望先に対し教員がどのような推薦状を書いたか、その開示を求めることが出来る)。従って、よく勉強し、よい成績を収めて、よい収入の職に就くということが直截につながっている

○16 日本の学生が勉強しないという事実を学生のみの責任に帰すことは彼らにとってフェアではない。学生が勉強をする現場は教室での授業が基本であり、授業に対して責任を持つべきなのは教員である。したがって、学生が意欲を持って勉強するような授業の環境を整えることは、まず第一に、教員の責任である。授業は(特に対話的授業は)教員と学生のコラボレーションによって構築されるものであって、学生の積極的参加を促すような授業を創りだすことは教員のクラスマネジメント能力による。ところが、日本の大学の教員の多くは授業の進め方やクラスマネジメントに関する訓練を受けていない。米国の大学の新任教員は、teaching clinic等で授業の進め方やクラスマネジメントに関する訓練を受ける。大学は教員にこのような訓練を受ける機会を提供しなければならない。大学行政側が行う教員評価は教員がこの様な訓練を受けていることを前提として行われなければ公正さを欠くものとなる。日本の大学で現今行われているFDの多くは、教員のセミナーや講習会等に限られており、FDの本来の在り方とは異なるものである。

○17 授業とは知識の伝達であると同時に、教員と学生間の、あるいは学生同士の対話や感性的交流や人格的な陶冶の場になることを期待されている。教育は学生の個性豊かな全人力を陶冶する全人教育(『学士課程教育の構築に向けて』の趣旨)であるべきである。しかし、このことは教員も同時に全人格的な能力を持っていなければならないことを意味する。これは幼小中高大学の全ての段階で教育に携わる者が常に求められる必須要件である。大学教員はこの要件を満たすべく努力することを求められている。

○18 以上、なぜ日本の学生が米国の学生に比べて勉強しないか、について思いつくままの諸要因と考えられるものを挙げてみたが、日本の教育制度や学生の生活ぶりについてその問題点を論じたために、基本的トーンが批判的なものになってしまったかもしれない。しかし私の考えの基本は、日本の教育制度を良くして次世代を担う学生に充実した学生生活を送ってほしいという願いに過ぎない。そのような教育制度を作ることは社会や大学や教員の責任であるし、誇りでもある。また、学生が充実した勉学に明け暮れ、学生生活を送ることは彼らの権利であり喜びでもある。


素晴らしいプレゼンだと思います。

本当にその通りです。

上久保誠人「英国留学1年目の悲惨な経験を話そう」

「英国留学1年目の悲惨な経験を話そう」

ダイヤモンドオンラインからの抜粋です。

この状況と気持ちは、私も経験したので、非常によく分かります。

とにかく体力の続く限り、死にものぐるいで物事に取り組まないと、何かを成し遂げることなどできるはずがないと思います。

同時に、環境を変えることで、もう一度頑張れることが結構ある、というのも確かだと思います。

持っている能力を十分生かし切れていないのが、日本社会の最大の課題だと思います。

「残業代も払わずに働かせるなど、ブラック会社だ!」などと文句ばかり言っている人は、決して大成しないのは間違いないと思います。

成功は、「損得」からは生まれず、「信念」から生まれるものだ、と思いますよ。

上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授]

31歳で会社を辞めた時、英語はほとんど忘れていた。それでも、3ヵ月間ブリティッシュカウンシルに通っただけで、強引に渡英した。渡英3ヵ月後にはウォーリック大学大学院修士課程に入学。その1年後には、修士号を取ってPh. D(博士後期課程)に進むことができた。

 30歳を過ぎて頭の柔らかさを失った自分でさえ、わずか1年の「突貫工事的」勉強でここまでできたのだ。ちなみに、私は文学部卒で、語学だけでなく政治学の素養すらなかったのである。20歳くらいの、まだ頭が柔らかい若者ならば、私以上のことができるはずである。今回は、私の英国留学最初の1年の話を振り返り、「宇宙人」だけが国際舞台で働くことができるのではなく、誰にでも可能なことなのだと論じたい。

まず、大学院修士課程入学直後の悲惨な現実から話したい。後に、博士課程で私の指導教官となったイタリア人ローザ・ミューレ博士の「比較政治学」第1回目は、一生忘れられない屈辱的な体験だった。この授業は、私のほかに6人の英国人学生が参加する少人数セミナーだったが、周りの学生がなにを議論しているのか、一言も聴き取れなかった

 入学前の語学コースである程度英語を勉強したはずだった。だが、語学コースには英国人はいなかった。英語の得意でない外国人がゆっくり話す英語が、なんとか聴き取れるようになっていても、英国人が早口で議論をするとまるで別の言語だった

宇宙人が会話している中に1人ポツンと入った感じだった。私はずっと黙っているしかなかった。だが、30分ほど経過すると、ローザが私に向かって、「あ・な・た・の・『声』・が・き・き・た・い・わ」と言った。意見ではなく、「声」が聴きたいというのだ。それでも、私は黙りつづけるしかなかった。恥ずかしかった。私は寮の部屋に戻って、号泣した。

 語学以上に厳しかったのが「予習」だった。授業1回について、約20冊の参考図書を読まねばならなかった。ところが、いくら頑張っても議論についていけなかった。最初は語学力の問題だと思っていたが、コースがスタートして3~4週間くらい経つ頃、どうも大学院の勉強について考え違いをしていることに気づいた。

 私は、大学院を政治学の「知識」を習得するところだと考え、本に書いている知識を記憶しようと予習をしていた。だが、授業では、「知識」は当たり前のことで、その「知識」を批判的に考えた上で、1人1人の学生がどういう主張を持つかが議論されていた。

 例えば、ローザの「比較政治学」では、「ウェーバーとデュルケムの比較方法論の違い」という、比較政治の基礎を議論した。私は2人の方法論がどういうものか必死に覚えて授業に臨んだ。ところが授業では、学生たちが2つの方法論の批判を展開し、その優劣が喧々諤々議論された。私は、少しずつ英語が聴き取れるようになってきていたが、議論に入ることができなかった。

授業以外にも不安があった。授業の準備で図書館や自室に籠もって勉強するほど、他人と交流する機会を失ってしまい、英会話が上達しないことだった。焦りを感じた私は、ある日の夕方、寮生が夕飯を楽しんでいる寮のキッチンに行ってみた。会話の機会を得られるからだ。

 ところが、私のキッチンはギリシャ2人(男女)、トルコ2人(男女)、ブラジル1人(女)キプロス1人(男)、台湾1人(男)という「人生楽しまなきゃ系」の人種構成で、少しだけキッチンで会話して、また勉強に戻るというわけにはいかなかった。酒を次々と勧められ、会話が延々と終わらず、夜の12時過ぎまで続いた。これが毎日だ。こんなことを続けていたら、間違いなく落第すると思った。

外国人との交流は大事だ。だが他の寮生たちは、私とは違う。昼間か深夜に短時間集中して勉強して、修士号を取れるような秀才たちだ。彼らと同じことをしていたら、英会話はできるようになっても、修士号は取れない。私は32歳だった。「英国に留学して、多少会話ができるようになりましたが、学位はありません」では、ただでさえ難しい「社会復帰」が不可能になる。私は寮生たちとの交流を捨て、「英会話」をあきらめた。その代わり、「政治学」をできる限り学んで帰ろうと決めた。

 私は1日のすべてを勉強に費やすことに、迷いがなくなり、「覚悟」が決まった。朝は午前6時に起床し、シャワーを浴びて2時間くらい勉強。午前8時になったら朝食を食べて、図書館へ行く。12時に一旦寮に帰って軽く昼食を取ったら、再び図書館へ行く。午後5時になったらまた寮に帰って、寮生がキッチンに来る前にさっさと夕食を済ませてまた図書館へ行く。午前0時、図書館の閉館まで勉強して寮に帰って寝る。この生活パターンを、土日も含めて毎日ひたすら続けたのだ。

この生活パターンは、全く苦痛ではなかった。会社員時代、横浜の寮から会社に8時半頃に着く必要があった。そのために、6時前には起床して、満員電車に2時間弱揺られていた。深夜まで残業してタクシーで帰ることも多かった。寝るのは午前1~2時くらいで、睡眠時間は多くて4時間だった。それに比べたら、午前0時まで図書館にいても、寮まで歩いて10分で帰れる。6時間弱は毎日寝られる。なんと楽なのだろうと思った。会社員時代に鍛えられたおかげで、肉体的に楽だと思えたことが、私にとって、1つの救いになった。

 そして、周りを見回してみた。私ほど長時間勉強している学生がいないことに気付いた。しかも、私はこれを楽だと感じるタフさがあり、誰にも負けていないと思った。ならば、他の学生が1時間で読むところは、3時間かけて読めばいい。1時間で理解するところは、5時間かけて理解してもいい。それなら自分にもできると思った。これは、授業についていくのに苦しんでいた私にとって、「一筋の光明」となった。

私は勉強のやり方を変えた。コースが始まって2ヵ月ほど経つと、英語で読み・話し・書くことが少しずつできるようになっていた。だが、この段階で新たな悩みが生じた。英語では物事をきちんと思考できないということだった。セオリーでは、英語で学ぶ時は、英語で考えるべきとされる。だが、英語だとおそらく12歳くらいの思考力に落ちると感じた。セオリーは大事だが、それにこだわるばかりでは、小学生の作文のようなエッセイ(小論文)しか書けないと思った。

 修士課程をパスするには、32歳の思考力をフルに発揮するしかない。それには日本語で考えることだ。そこで、授業の準備やエッセイを書く際、まず日本語で自分の考えをまとめて書き、英語に翻訳するという作業をした。これは明らかに邪道で、膨大な時間を費やすことになる。

 しかし、私は「人の何倍勉強に時間をかけてもいい」と「覚悟」を決めていたので、時間のかかる作業は苦にならなかった。むしろ、より広く深く思考できることで、準備がしっかりできて、授業で自分の考えを先生や他の学生に伝えられるようになった。少しずつ自信らしいものが芽生えてきた。

 この時期、私は1日中「政治」のことを考えていた。ある日、図書館が閉館した午前0時。勉強を終えて寮に帰る前に図書館の外で、夜空を見上げながら、「しんどいなあ。でも、楽しいなあ」と思った。精神的・肉体的に厳しい日々が何ヵ月も続いていた。だが、決して嫌になることはない。本当に「政治」のことを考えるのが好きなのだと気づいた。「この仕事は絶対に手放さない」と決めた。この時の気持ちが、今でも自分を支えている。

 翌年3月、最初の課題であった3本のエッセイの成績が発表された。意外なことに、博士課程に進める好成績を収めることができた。そして、9月には修士課程を修了し、内部進学で博士課程に進むことができたのだ。

グローバル人材が「宇宙人」に見えて、なりたくてもどこから手を付けたらいいかわからず、あきらめている若者に言いたい。マニュアル本通りのプロセスを踏む必要はない。大事なのは、「覚悟」を決めて、とにもかくにも海外に飛び出して、やるべきことをやり通すことだ。2~3年もあれば誰でも国際舞台に立つことができると思う。

ただ、「覚悟」を持つのは、甘い環境に育った日本の若者には難しいことだとは思う。私が「覚悟」を決めて1年間なりふり構わずできたのは、「後には引けない状況」だったからだ。31歳という「高齢」で会社を辞めたら、海外の修士課程を出ても、まともに企業に再就職できるはずがない。英国の大学院に入ったからには、博士を取って学者になるしかなかった。

 トンネルの出口は全く見えない苦境だったが、だからこそ絶対にやり通すという「覚悟」を持てた。今の若者が「覚悟」を決めるには、日本的な環境を絶たねばならない。うまくいかなくても、誰かが助けてくれる。仲間と一緒に手をつないで頑張ろう。そんな日本の若者にありがちな依存心から「覚悟」は生まれない。依存心を絶つには、自分のことはすべて自分で解決する「独立心」「自立心」を持つことだ。

「覚悟」こそ、日本の若者が海外の若者と比べて最も劣っていることだと思う。アジアやアフリカなど途上国の若者は、政治的・経済的に不安定な自分の国に依存できない。だから、個人で道を切り開くしかないと「覚悟」を決めている。「秋入学で若者にギャップタームを与えよう」と社会が考えるような、甘ったれた国に育つ若者とは、全く違うことを知ってほしい。そのためには、とにかくまず海外に飛び出して、いろんな国の若者に会い、そのたくましさを知り、なにかを感じてみることだ。


山崎 元「センセイたちにお任せの大学教育 授業の「品質管理」が最大の問題」

山崎 元「センセイたちにお任せの大学教育 授業の「品質管理」が最大の問題」

以下は、山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]さんによる、ダイヤモンドオンラインの記事から抜粋させていただきました。

全ての大学を知るわけではもちろんないが、筆者の知る大学ではどこでも、個々の授業の内容は基本的に授業を担当する教授や准教授に任せられていて、センセイたちはお互いの授業内容に細かく干渉することはない。個々にバラバラの自由が確保された上での、時には過剰なまでに民主的な自治の環境であり、センセイたちにとってはなかなか快適な環境だ。

 その結果、授業の内容や質がバラバラになっていることが、日本の大学における最大の弱点ではないだろうか。

 学生が自分の将来の目的や知的好奇心に合わせたカリキュラムを選択することができる点が、大学で学ぶことの醍醐味の1つではあるが、たとえば、同じ大学の学部学科の卒業生でも、受けた授業の内容にも学生の学力にも大差がある。

また、複数の授業が連携し合って、必要な知識を修得させないと、「不定型な内容について多様な知的経験を試行錯誤的に繰り返しながら血肉化していく」(浜田東大学長。前出記事より)といった、理想のはるか以前のレベルでさまようだけの役立たずの若者を量産することになるだろう。

 近年の東大生ならできるのかもしれないが、「血肉化」以前に、何も身に付かないで卒業する学生が、東大でもかなりの数いるのではないか。

(1)授業と授業の連携が取れていないこと

(2)授業内容が教師に任されていて、専門的な能力を持った第三者のチェックを受けていないこと

(3)教師自体の質の維持と競争環境に厳しさがないこと


 この3点がほとんどの日本の大学の根本的な弱点ではないか。つまり、「授業」という大学の根幹をなすサービスの品質管理が、まるでできていない(多くの場合、やろうともしていない!)ことが問題だ。

断っておくが、学生に授業評価のアンケートなどをするだけでは、全く不十分だ。専門家の相互チェックによる授業内容の向上と、複数の授業の連携が重要だ。

 また、多くの場合定年まで職が保証されていて、大学教員に競争とチェックが働きにくいことにも問題があるように思う。

 質の担保されていない、しかも相互の関係がバラバラの授業を提供する結果、卒業生の履歴書に「○○学部××学科卒業」とあっても、その学生が大学卒業生に期待されている知識を得て能力を養ったかについては、保証はおろか把握さえできていないように見える場合がほとんどだ。

授業の品質管理と相互連携の調整といった当たり前のマネジメントの他にも、日本の大学生は圧倒的に勉強の量が不足しているように見える。「日本版ギャップイヤー」などをつくって遊ばせるよりも、もっと厳しい知的基礎トレーニングを施すべきではないだろうか(その分の授業料は取ってもよろしい)。


高校生の価値意識は志望分野でどう異なるか ①全体傾向

高校生の価値意識は志望分野でどう異なるか ①全体傾向

相変わらず、気力・体力の限界まで働いてますよ。

ここ1ヶ月ぐらいは、日付が変わる直前(門限)に職場を出るような生活です。

11月からほぼぶっ通しで働いています。(1日か2日は休みましたが)

時々歩いていて、よろけることがあります。(笑)

寝不足ですね。

でも、3月10日頃には解放されるはず。

それを楽しみに、最後の力を振り絞っています。

1回ぐらいは、スキーもしたいな。

こんな感じなので、スキー関係の記事は、3月半ばまでは、ほとんど更新ができないと思います。


今回は仕事がらみで、高校生の価値観とキャリア選択との関係についての記事です。

リクルート進学総研で紹介されていました。

リクルート進学総研では、2007年より「高校生価値意識調査」を実施し、高校生の社会観、ライフデザイン、キャリア観、進学観などを調査している。今回の2014年調査で4回目となる。「高校生」と一言にいえど、その属性や志向によって価値観は異なるため、ターゲットを明確にしたうえでの分析が必要となるが、今回はその中でも「志望分野別」での価値意識の違いについて見ていきたい。なお、この志望分野は大学・短大・専門学校の全てを包括した分野の区切りとなっている。

 高校生のキャリア観を志望分野別に見てみると【図1】、それぞれに傾向が異なることがわかる。

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「自分の趣味や好きなことができる仕事に就きたい」「自分の夢を叶えることができる仕事に就きたい」など、自分の夢や好きなことを重視するのは、マスコミや美容、観光といった分野である(波線囲み①)。自分の個性やセンスを生かし、好きなことを仕事にしたいという感覚であり、心に響くキーワードでは、「自分らしさ」や「自由な」「夢」といった言葉が上位を占める。また、意思決定の際には流行や周囲の意見に流されず、自分の判断を重視するのもこれらの分野の特徴といえる。

 自分の「好きなこと」に加えて、「社会貢献ができる仕事がしたい」「身近な人の役に立つ仕事がしたい」という社会貢献的な視点が加わるのが料理・栄養や教育系だ(波線囲み②)。いい会社に入りたい、お金持ちになりたいといった収入や地位には興味がなく、誰かの役に立てる生き方がしたいと考えている。料理系が入るのが意外な気もするが、高校生のインタビューの中では、昨今のヘルシー志向を受けて「健康で栄養面も考えられた料理を作りたい」など、好きなことをするだけでなくそれを通じて人々の生活の質向上に寄与したいという声も聞かれる。

 同じ社会貢献という視点を持ちながら、「資格」「手に職」といった、長期的な安定・安全志向を重視するのが医療系や福祉系だ(波線囲み③)。特に女子に関しては、結婚、出産後も医療・福祉系の資格を持っていれば働き続けられることができるという理由で志望する高校生も多い。これらの分野は、もともと他の分野と比較すると、進路選択時に家族や親族など身近な人の影響が高いという特徴もあり、周囲にそう言われているということも大きいだろう。

 目指す職業も明確なので、進学先に求めるのは資格取得であり、あらかじめ受ける授業が決められていて、補習やフォローがしっかりしている授業スタイルを支持する傾向が高い。 

 その他、理系を中心とした分野では、「将来はなるべく大企業や有名な企業に入りたい」「収入が高い仕事がしたい」など、地位や収入といったステイタスを重視する傾向がある(波線囲み④)。手に職をつけるよりも会社員になりたい、派遣社員や契約社員でなく正社員で働きたいという雇用形態についてのこだわりもあり、心に響くキーワードにも、「評判が良い」「技術」「先進性」「研究」という言葉が並ぶ。これらの分野志望者については、将来のビジョンや明確な職業はぼんやりしていることが多く、「将来のことは進学してから考えたい」と考え、「大学に進学するなら偏差値の高い大学に行ったほうがよい」と偏差値を判断基準にする高校生も多い。

 2月の月次特集では、17の分野のうち、特徴的な4分野をピックアップしてご紹介する。各分野別の詳細分析については、こちらに掲載させていただいているので参照されたい。

リクルート進学総研研究員 牧田綾子(2015/01/15)


自分の価値観や目標に合った職業に就けるような進学先を選んでいるというまっとうな結果に見えます。

実際には、職業はイメージなのでしょうけど。

公務員タイプと芸術化タイプでは、実際に行動特性も、見た目も違いますしね。

職業が持つイメージをたよりに、同じような指向の人が集まる、似たもの同士が吸い寄せられるということでしょうか。

学力レベルと高大接続―学力クライシス下の高大接続

高大接続の再設計 ~ 高校・大学、大学入試はどう変わるべきか

以下は、ベネッセ「教育フォーカス」に掲載された大多和 直樹先生の記事です。

元記事は、こちら

現在の中教審の大学改革の方向性は、非常に観念的で、データに裏付けられていない危ういものと感じていました。

日本的な教育を、画一的な詰め込み教育とみなして、これを否定し、アメリカを真似て創造性を生み出せる教育を、という意気込みは分かるのですが、本当にその認識や方向性が正しいかというと??という感じがします。

生きる力、学士力、社会人基礎力・・の汎用的能力を身につけさせたいのは分かります。でも、それがどういうもので、どのような指標で計れて、どうすれば伸びるのか、ということが漠然としていてよく分からないのでやりようがないのです。

方法論として、アクティブラーニングの有効性が主張されていますが、それだって幅が広すぎて、何とも。

教育改革と称してやっていることは、アメリカの小道具(GPA、授業評価、ナンバリング、アクティブラーニング、カリキュラムツリー、ルーブリック、3つのポリシー、コンピテンシー、FD、SDなど(みなさん、このカタカナたちはなんだか分かりますか?))を真似しているだけという新規性の欠如した上っ面の「改革(笑)」です。(創造性教育を主張する人が、自分の頭で考えられないというパロディー)

「グローバル!、イノベーション!」といったマッキンゼーやハーバード卒を売りにするコンサルが考えそうな軽薄な言葉が並んでいます。(笑)

少なくとも、もっと具体的なデータに基づいて、議論の対象を明確に捉え、相関性や因果性を踏まえて、地に足を付けた議論をしていかないと、「ゆとり教育」の二の舞になるぞ、という危機感があります。

筆者の主張も、「考える力は、知識・技術といった基礎学力がないと身につきにくい」という当たり前の結論です。

現在の教育が抱える最大の問題点は、「基礎学力が小・中・高で身についていない、勉強する習慣すらもない」という点です。

大学教育以前の話ですね。

それを示す具体性のある記述だったので、思わず引用させていただきました。

抽象的、理念的な思索(とアメリカの真似っこ)だけで、現実を直に変えてしまうのは、危険すぎると感じます。

Ⅲ.結語

1.「従来型の学力」の重要性


以上の分析結果をふまえ、若干の提言を行っていこう。大学での学びの前提という基準に照らせば、学力クライシスは終わっていないといわざるをえない。結局のところ入試難易度―語弊を恐れずにいれば「従来型の学力」―による序列構造の下位層で学びの前提を欠いた学生を抱えるという既に知られた問題の構図がみえてきた。これが現在の高大接続における最大かつ喫緊の問題であると筆者は考える。
また以上の分析からは、「従来型の学力」と新しい学力(活用や意欲)とは相関関係があるということが指摘できる。入試難易度が高い大学で新しい学力も身につけている学生が多いとしており、また、A群(偏差値60以上)だけをとってみても、基礎能力に問題を抱えている大学ほど主体的な学びに課題を抱えやすいことがみえてきた。「従来型の学力」と主体的学びとの関係は―近年、よく耳にする努力と成功の関係に似ており―「従来型の学力」を備えていても主体的学びが必ずできるというわけではないが、「従来型の学力」を欠いた人に主体的学びができるわけはないということなのかもしれない。だから、主体的学びを考える上で、まずは(選抜度の高いごく一部の大学を除く)大半の大学における高大接続問題は「従来型の学力」を軸に考えることを主張したい。
最もこうした主張は、巷では最も課題を抱える大学が「ボーダーフリー大学」(学生確保のため入試が学力水準のゲートキーパーとして機能しなくなった大学)と呼ばれるなど、入試難易度の最も低い大学群の学力問題は以前から度々指摘されてきたから、目新しさはないかもしれない。また、「答申」においても、「従来型の学力」の習得に困難を抱えている生徒が多い高等学校で「思考力・判断力・表現力等の能力どころか、その基礎となる知識・技能自体の質と量が、大学教育に求められる水準に比して不十分な段階にある学生が多いことが深刻な問題となっている」(「答申」p.4)ことが指摘されてはいる。しかしながら、現在行われている高大接続の議論においては、長期的な展望に基づき大学の姿を刷新していく方向性のほうが強くなっている。
文部科学省は、「学習意欲」「思考力・判断力・表現力等」「知識・技能」を「学力の三要素」と据えたうえで、この三要素からなる「確かな学力」を涵養する方向性を打ち出している。このうち「知識・技能」は「従来型の学力」と位置づけられ、高大接続の議論においては「従来型の学力」にとどまらない入試を必要としている。そこから「知識・技能」中心のセンター試験を廃止し、「知識・技能の活用力」を中心とした新テストを実施しようという論理になるわけである。
たしかに学習に意味を見いだせないにもかかわらず、入学試験のためだけに「知識・技能」を闇雲に暗記する学習や学んだ「知識・技能」を活用することが念頭に置かれていない学習が起きているとすれば、これは全くおかしなことである。学ぶ意味を見いだしたうえで「知識・技能」を学び、学んだらそれを活用するサイクルが初等中等教育段階から醸成されるべきであることは間違いないことであろう。こうした学びの環境を各学校段階で作り出していくことに筆者としては全く異論がない。
しかしながら、本稿の分析結果をみるに現実の高大接続が抱えている問題の核心部分の一つは、こうした学びのあるべき姿や「国家百年の計」的な教育政策構想とは、ひとまず別の次元にあるということができるのではないか。いま起きていることは、繰り返し指摘してきたように、大学での学びの前提となる学力水準をクリアしない学生が大量に高等教育に来ているということである。
高大接続の議論は、ともすれば教育刷新のために現場に新しい対応課題を抱え込ませるものとなっているように筆者には感じられる。だが、ひとまず、もっとシンプルに捉えたほうが実効的な改革ができるのではないかと筆者は考えている。それは、結局のところ、知識・技能の点で「従来型の学力」を欠いたり、そもそも履修していなかったりという大学での学びの前提を欠くような入学者を生み出さない仕組みをつくることに専念するというものである。
実際の大学間競争は、「従来型の学力」を軸としたシンプルな考え方で動いており、多くの大学では入試難易度を高めて、少しでも「いい学生」(=「従来型の学力」)を獲得しようとしのぎを削っている。だからというわけではないが、すくなくとも現時点では、大学での学びの前提条件をクリアするというところに焦点をおいた改革がまず必要なのではなかろうか。

2.大学ならではの主体的学びとは

「従来型の学力」を軸に改革を考えているからといって、筆者は主体的な学びを軽視してはいない。筆者は現在の大学改革における主体的学びの議論に対して、その問題意識を共有しつつも、アンビバレンツな思いを持っている。
現在、大学における主体的学びの危機が叫ばれている。「答申」をみても「大学教育の質的転換の断行」(「答申」p.20)という強い表現が使われ、「大学教育を、従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、学生が主体性を持って多様な人々と協力して問題を発見し解を見いだしていくアクティブ・ラーニングに転換」(「答申」p.20))させる必要性が説かれている。アクティブ・ラーニングは、近年の大学教育改革の目玉であり、「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法」(文部科学省大学改革の用語集)のことである。研究が盛んになりつつあり、またFDなどでの研修の機会も増えている。現在の大学改革においては、これが主体的学びの中軸に位置づけられているとみてよい。
こうした動きに対して筆者は、授業改善のためにこうした手法を入れていくことの有効性を強く認識しているものの、それとは別の次元で強烈な違和感を覚えている。
筆者は、大学における主体的な学びとは、大学ならではの主体的な学びでなければならないと考えている。大学が学問の府―科学的な知的生産活動の府―であるとすれば、論理、批判、実証などを軸とした科学的思考に基づいた主体的な学びが、大学ならではの学びということができる。そうした科学的思考に基づき「自ら問題を発見し解を見いだしていく機会」が卒業論文であり、それを成立させる場がいわゆるゼミといわれる知的生産のコミュニティであった。したがって、筆者は卒論やゼミこそが主体的な学びの中心にあるべきであると考えており、また、実際これまでもそうであったように思われる。すなわち「自ら問題を発見し解を見いだしていく」ことは、個々の授業場面で分散的になされるというように考えられていたわけではなく、様々な授業を通じての得た分散的な学習経験を一つの研究に統合していくような経験であったといえよう。
一方、「答申」をはじめとする近年の大学における主体的な学びの議論においては、卒論やゼミといった言葉は、ほとんど出てこない。
語弊を恐れずにいえば、近年の主体的な学びの議論は、①授業場面を対象とした、②教育方法の問題に矮小化されてしまっているきらいがあるように思われる。大学における主体的な学びとは、本来、同じメンバーシップを有した者同士が学科やコース、ゼミなどのコミュニティに参加することで、学問に特有のものの考え方や態度を学ぶ―薫陶を受ける!―なかで、「自ら問題を発見し解を見いだしていく」ということになると筆者は考えている。ここでは、主体的な学びの範囲は授業場面に限定されているわけではなく、授業外の時間を含めてということになるし、単純に授業の方法上の問題によって能動的か受動的かが決まるわけでないということになる。講義や講演から知的生産活動のアイデアをもらった経験は、多くの学生がしてきたことだろう。したがって、「講義形式(受動的)vsアクティブ・ラーニング(能動的)」という二項対立的な認識があることや、授業改善のみに主体的な学びの焦点があてられていることには―さらには、その背景にある履修した授業の寄せ集めによってその人の学びが決まるという認識枠組みに対しても―問題があるといわざるをえない。
分析結果からは入試難易度の高いA群の大学でも科学的な思考力に弱点を持つことがみえてきた。科学的な思考の方法をきちんと身につけさせることが、学問の府である大学の使命であるとすれば、いわゆる文系の学部・学科ではその部分が弱いということになる。このままだとアクティブ・ラーニング的手法を用いても論理性や根拠に基づいた思考に基づかずに議論が行われるなどのことが容易に予想されるところである。ここでは科学的な思考力を育成するようなしくみが必要になっており、そうした機会の中心に卒論やゼミが位置していると筆者はみている。
ただし、多くの大学で主体的な学びが成立しづらいことは、本稿の分析結果をみても明らかである。このとき、学生を学びへと巻き込んでいくためにアクティブ・ラーニング的手法が重要になってくることは確かである。しかしながら、アクティブ・ラーニングをしていないから学生の主体的な学びが成立していないというような授業方法決定論的な考え方があるとするならば、やはり本質を見誤っているといわざるをえないだろう。
冒頭で述べたように高大接続とは、大学教育ひいては高校やそれ以前の学校段階の教育を再定義する大国家プロジェクトである。そうしたプロジェクトに意義を感じつつも、私立大学の教員であり教育社会学者である筆者は、なんともいえない空恐ろしさも同時に感じている。筆者が主張したいのは、目新しさのある転換の影で見えにくくなりつつある、学問そして科学の府としての地道な活性化の取り組みの重要性である。


「学校行かずに練習ばかりしていれば、強くなって当然だろ」という意見に対して

「学校行かずに練習ばかりしていれば、強くなって当然だろ」という意見に対して

ある意味、繰り返される意見ではありますが、メールを頂いたので、お返事から抜粋で。

以下は、私の返信。

返事が遅くなり、すみません。
11月から1日も休まず、もちろん現在も職場で働いている状況なので。(まあ、今は休憩中ですが)

お考え、完全に正しいと思います。
どう考えても正しいこと、合理的なこと、がなぜ実行されないのか不思議です。

個人の利害に左右されて、全体の利益を顧みない行為や判断が、なぜ当たり前のようにまかり通るのか。
ズルをしたものが(短期的にせよ)得をする、という仕組みは、教育的に非常によくありません。

「損・得」ではなく、「正しいか・正しくないか」の判断基準を持つべきでしょうね。

(中略。具体例を述べてます)

強くなって当然ですよ。
でも、ゴムが伸びてしまうんですよね。
10代後半から成長しなくなる。

分かっていながら、正せないのです。
みんな我が子に夢中だし、コーチは、自分が育てたと言いたい。
大学もだんだんそういう雰囲気に変わってきてますが、まあ「詐欺的」ですね。

「アピール」という名の詐欺。

うちは、最初からそういう中に入ってませんから。
ズルとかする気は始めからないし、勝てれば良いけど、勝てなくても仕方がない、と思っています。

先生方も参加する中体連の大会以外で、スキーのために休んだことはありませんでした。
大会が平日にある時は、すべて不参加。

(中略)

大事なことは、与えられた条件の中で、試行錯誤しながらも、ベストな成果を上げること。
それこそが、汎用性能力、生きる力につながるのだと思います。

学校の教育目標になってませんか?
コンプライアンス(ルールや倫理)を守りながら、与えられた様々な課題に同時並行的に取組み、各々に対して最大限の結果を残していく能力、それを経験させ、伸ばすことが、応用力育成には大事だと言うこと。

スキーと学業の両立は、まさに生きた演習科目だと思いますよ。

どう考えて、どう取り組んでいくのか、ある意味その人の生き方そのものを示しているのです。


アルペン競技を「学校制度という一定の枠組み・ルールの中での自由競争」と考えた場合、勝利至上主義は否定されるべきでしょうね。

実際には、小さいときに、学校が終わってから、夕方やナイターで練習できるかどうか、という地理的、環境的要因は大きいです。

ただ、意外に地元の人はスキーなどせず、熱を上げているのは首都圏の親子ばかり、という気もします。

ある意味、こういう(生活に直結しない)ことに熱心に取り組めるのも、経済的余裕の産物でしょうから。

さらに時間的余裕がなければ、送迎もできないですし。

サラリーマンでは難しいですよね。

雪国の選手育成能力(少子化と経済力の衰えから選手が少なくなっている)が低下していることで、首都圏選手の活躍が相対的に目立ってきているのかもしれません。

プロチームの成果と言えるかどうかは、まだ分かりませんね。

世界レベルで活躍できる選手が首都圏から生まれれば、初めてプロチームの存在意義が示せるのだと思います。

スキー場近くに住み、小さい頃から毎日スキーをして育ってきた子たちを上回る「育成技術」があるのだと。

まあ、どうでしょうか。

ただ、(現在の学校制度を前提とした)コンプライアンスを求めすぎると、日本のアルペンは終わるでしょうから、これも難しいでしょうね。

本来ならば、欧米のようにスキーを中心とした学校を作れるといいのでしょうけど。

二律背反的な難しさがある中で、どうすれば(全体として)最大限の成果を出せるか、という考え方が必要なのでしょう。

極めて高度な判断だと思います。

*以下は、「内部統制入門Navi」より

コンプライアンスを直訳すると『法令遵守』となり、文字通り解釈するなら、『法令違反をしないこと』つまり『法律や条例を遵守すること』となります。しかしながら、この様な意味だけならば、コンプライアンスなどとわざわざ取り上げる必要もなく、誰でもわかっていることです。
 コンプライアンスが重要視されるのは、その意味に『法令遵守』も含まれますが、法令だけに留まらず、社内規程・マニュアル・企業倫理・社会貢献の遵守、更に企業リスクを回避するために、どういうルールを設定して行くか・どのように運用して行くかを考え、その環境の整備までを含んでいるからです。

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中教審 「学校における安全教育の充実について」

中教審 「学校における安全教育の充実について」

中央教育審議会スポーツ・青少年分科会学校安全部会 審議のまとめ概要です。

詳しくは、こちら

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公立学校における校内人事の決定及び職員会議に係る学校内の規程等の点検・調査について

公立学校における校内人事の決定及び職員会議に係る学校内の規程等の点検・調査について

平成27年1月30日

校内人事の決定及び職員会議に係る学校内の規程等を点検し、その運用の適正化を図るための調査を実施しましたので、その結果についてお知らせします。

調査対象期間
平成25年度及び平成26年度

調査対象校
公立の幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校(平成25年度末において廃校・休校の学校及び平成26年度新設等の学校を除く。)の38,970校

調査結果
1 校内人事の決定
(人事委員会がかかわるもの)
○ 教職員の互選等により選ばれた教職員を主たる構成員とする人事委員会等の組織の設置及び人事の原案の作成に関し、
 (1) 規程があった学校は、14道府県・指定都市の278校(0.7%)、うち人事の原案を作成するとしていた学校は、14道府県・指定都市の220校(0.6%)
 (2) 実態があった学校は、15都府県・指定都市の305校(0.8%)、うち人事の原案を作成していた学校は、13府県・指定都市の211校(0.5%)
(一般の教職員が入った選挙等)
○ 教職員による挙手や投票等の方法によって選挙や意向の確認を行うなどの、
 (1) 規程があった学校は、11府県・指定都市の276校(0.7%)、
 (2) 実態があった学校は、12府県・指定都市の262校(0.7%)

2 職員会議の運用
○ 教職員の互選等により選ばれた議長団等の組織を設置し、校長以外の職員を議長とするなどの規程があった学校は、23道府県・指定都市の511校(1.3%)
○ 挙手や投票等の方法により決定を行うなど、職員会議において議決を行う等の規程があった学校は、18道府県・指定都市の287校(0.7%)

3 全体の傾向
いずれの項目においても、高等学校の割合が高く、次に特別支援学校、中学校の順となっている。
(例:教職員の互選による人事委員会を設置する規程ありと回答した学校数 小学校4校(0.0%)、中学校 66校(0.7%)、高等学校 195校(5.4%)、中等教育学校 0校(0.0%)、特別支援学校 13校(1.3%))

是正の状況
不適切な規程等があった全ての学校において、当該規程等の廃止・修正を実施済み。

公立学校における校内人事の決定及び職員会議に係る学校内の規程等の状況について(通知) (PDF:142KB)
公立学校における校内人事の決定及び職員会議に係る学校内の規程等の点検・調査について(調査結果) (PDF:872KB)


調査結果を見ると、大阪(府&市)と長野県が突出してますね。

組合が人事権まで左右していたのかもしれません。

日産やJALが倒産寸前になった時の状況に似ていると感じます。

英語力評価及び入学者選抜における英語の資格・検定試験の活用促進に関する連絡協議会(第1回) 議事録

英語力評価及び入学者選抜における英語の資格・検定試験の活用促進に関する連絡協議会(第1回) 議事録

議事録は、こちら

英語能力評価に関する様々なテストの特徴比較を、実施者を招いて行っています。

委員の質問や感想も載せられています。

なかなか興味深いですね。

高等学校基礎学力テスト(仮称)では、対象の教科・科目として、高校の必履修のコミュニケーション英語1などの検討が挙がっております。また、高校でも英語等について民間の資格・検定試験も積極的に活用するとの指摘がされているところでございます。
 これらにつきましては、今後、この高大接続の答申がまとまった後に、専門家会議が今後設置されまして、そこで具体的な検討が進められるという予定でございます。本連絡協議会における取組や議論につきましては、新テストの一体的な検討が行われる予定のその専門家会議の議論につなげていければというふうに考えている次第でございます。


運動部活動は日本独特の文化である――諸外国との比較から

運動部活動は日本独特の文化である――諸外国との比較から
中澤篤史 / 身体教育学

仕事に戻るはずでしたが、また気が散ってしまいました。

以下は、シノドスより引用、

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では、日米英の運動部活動には、どんな違いがあるのか。表3は、日米英における中学・高校運動部活動のあり方を「設置学校の割合」「各学校の部数」「生徒の加入率」「活動状況」「全国大会」「指導者」「指導目的」の観点から整理したものである。

順に見ていくと、三カ国ともほぼすべての学校に運動部活動が設置されている。日本とイギリスでは、多数の部を持つ学校が一般的である。対してアメリカでは、アメリカンフットボールやバスケットボールなどの代表的な少数の部だけを持つ学校が珍しくない。また入部に際してトライアウトを設けて、競技能力により入部希望者を選抜する場合もある。

生徒の加入率は、日本が約50%〜70%で高く、イギリスが約50%で続く。アメリカは、ほとんど参加しない名目的な部員も含めた加入率は50%に達するが、それらを除いた実質的な割合は30〜40%であり、やや低い。

活動状況は、日本とアメリカは活発で高度に組織化されている。ただし、アメリカはシーズン制を敷いており年間を通して活動しているわけではない。対してイギリスは、参加生徒の多くは週1〜2日気晴らし程度に活動するに過ぎず、活発とはいえない。

全国大会は、日本とイギリスで有るが、国土の広いアメリカでは無く、州レベルの大会で留まっている。ただし、アメリカの高校のアメリカンフットボールやバスケットボールの州大会は、多くの観客を集めるビッグ・イベントである。

指導者は、関心や経験の有る教師が担う点は、三カ国とも共通している。違いは、アメリカで教師とは別に雇われる専門のコーチも担当する点、日本で関心や経験の無い教師も担当する点である。そうした指導者の違いに関連し、指導目的にも違いが見られる。アメリカとイギリスの指導者は競技力向上を挙げるのに対して、日本では第一に人間形成を挙げる。

これらを踏まえて、日米英の運動部活動の総括的特徴を対比的に述べると、日本は「一般生徒の教育活動」、アメリカは「少数エリートの競技活動」、イギリスは「一般生徒のレクリエーション」として、まとめることができるだろう。


新たな高等教育機関を「4流の大学もどき」にしないために

新たな高等教育機関を「4流の大学もどき」にしないために

昨年、L型大学とG型大学を提言して話題を呼んだ冨山和彦氏が、前回の提言を発展させた大学の分類を文部科学省「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議(第8回)」で報告したようです。

資料は、こちら

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内発的動機と外発的動機

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努力と自己責任

努力と自己責任

中村祐輔のシカゴ便り」から転載させていただきます。

過度な人権意識や個人の尊重が、全体をおかしくする(本来の目的を妨害する)ことを指摘した素晴らしい文章だと思いました。

個人のわがままに近い部分を権利として強く主張する人が多くなりましたね。

(きっとマスコミを含めた)戦後教育の成果なのでしょう。

御意(ぎょい)ですね。

(前略)

そして、シカゴで彼女と私の研究室のメンバーが食事に行った際に、彼女が「Prof. Nakamuraが如何に東京で厳しい人だった」か、を話したらしい。シカゴのメンバーはその違いに驚いたようだ。もちろん、東京大学や理化学研究所にいた人たちはその違いを認識している。

確かに、私は歳を取るにしたがって人間が丸くなってきたが、シカゴに移ってからは、東京とは全く異なる人格として振る舞っている。理由は、いくつかある。最大の理由は、東京大学でのマネジメントを継続しても、アメリカではまったくなじまないし、パワハラと言われてしまいかねない。自由で自己責任の国であるから。また、言葉の壁もあるし、研究以外のことで煩わされたくない。努力しないものが、成果を挙げなくても放置すればいい。努力するかどうかは本人の自覚の問題だ

日米ともに、努力せず、要領よく生きているだけで、のしあがっている者もいなくはないが、私は「人事を尽くして天命を待つ」派だ。ごまをすり、笑顔を振りまき、雄弁さで周りを煙に巻いて、出世の階段を上がっているような人間の背中を見て、まともな人材が育つはずもないし、社会はよくならない。努力すれば報われることが大切だ。アメリカに来て、部下には日本にいた時のように厳しく接してはいないが、努力を惜しまない人には最大限の支援をしている。ただし、怠け者に手を差し伸べるつもりは全くない。

米国に比して、日本では、大学院生やポスドクが一定の期間に成果を挙げないと、指導者の責任を問われがちなので、厳しく指導せざるを得ない。ましてや、私は「努力」という死語になりかけている言葉を伝えることを使命と思っている。それも、自分の出世のためではなく、患者さんに、そして、社会のために尽くすという考えのもとに。高校での成績が良かったからという理由で、医学研究・医療に携わっている人たちには、カビの生えたような言葉だが、適塾・緒方洪庵の教えを伝えたい。

「医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずということを其業の本旨とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。」

しかし、日本でも厳格さがパワハラとかアカハラ(アカデミック・ハラスメント)に置き換わりつつある状況は嘆かわしい。スパルタ教育で、一生懸命に鍛えようとしても、パワハラなどと非難されていては、本物の指導者など世の中から消えてしまうような気がする。当然ながら、甘えきった人間を社会に出して、患者さんたちが満足するはずもないし、医療もよくならない

それにしても、自己責任という考えが通用しない国だとつくづく思う。自分や家族が好き勝手なことをしておいて、危険にさらされると「国になんとかしろ」とか「総理が悪い」とか非難する。また、人の命は大切だが、メディアを通して、きれいごとを並べ立てる人たちにもうんざりだ。「命は地球より重い」と言った元総理の言葉を思い出したが、地球上の人間の命の重みは同じだ。日本人を救うことで、世界の罪のない人たちが悲劇に見舞われないことを切に祈らざるを得ない。


ハエ?追い払おうと試験開始20分遅れる センター試験の大分大

ハエ?追い払おうと試験開始20分遅れる センター試験の大分大 [大分県]

2015年01月19日(最終更新 2015年01月19日 00時02分)

 18日にあった大学入試センター試験の大分大(大分市)の試験会場で、室内を飛び回る虫を試験監督者が駆除しようとして「理科2」の試験開始が20分遅れるトラブルがあった。大学入試センター(東京)は「虫が原因で試験開始が遅れたケースは、あまり聞いたことがない」としている。
 同大によると、この試験室では35人が受験。1科目が終了して答案用紙を回収する際、受験生から「ハエが飛んでいる」と対応を求める声が上がった。このため試験監督者が試験開始を遅らせ、追い払おうとしたができなかったという。
=2015/01/19付 西日本新聞朝刊=


試験監督が、ハエを追いかけ、捕まえられないでいる様を想像すると、哀れを感じます。

結局、ハエは生き延びたのでしょうか?

佐々木敦 @sasakiatsushi
このままクソリプの人で終わるのか。。
2015年1月17日 23:07


国語関連でした。

こちらも、ちょっと哀れか?

文科省:成績や就職先など追跡調査 入試評価方法別に分析

文科省:成績や就職先など追跡調査 入試評価方法別に分析

毎日新聞 2014年12月20日 06時30分

 文部科学省は全国の大学に、入試の評価方法別に学生の在学成績や卒業後の進路を調査することを求める方針を決めた。同省が検討中の大学入試改革は「知識偏重型」から「多面的総合評価」へ転換する内容になる。ペーパー試験だけでなく、多様な方法で評価している入試の成果を調査し、結果を新たな入試の評価方法の研究・開発に生かすのが狙い。同省は、早ければ2016年度の大学入試実施要項に盛り込み、追跡調査を促すことを検討する。

 大学入試改革に関する中央教育審議会の答申案によると、一般入試では、学力は大学入試センター試験を衣替えする共通テスト「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)で段階的に評価。それに加え、大学が個別に、小論文や面接、集団討論を実施して「多面的総合評価」によって合否を判断することを求めている。

 現在、各大学は一部の学部で多様な入試を試行錯誤しながら導入しているが、本格的な多面的評価手法は確立されていないのが現状だ。

 同省は大学に対し、課題を与えてその解決力や意欲を評価する▽部活動や留学、ボランティア活動といった高校時代の実績を評価する−−などの評価方法別に入学した学生の追跡調査を求める。調査対象は、学業成績▽留学などの活動実績▽留年・中退率▽卒業後の進路などを想定。どの方法が、学生の伸長につながっているのかを分析する。

 一部の大学では自主的に追跡調査をして、学内資料としているが、同省が集約して新しい評価方法を研究・開発し、結果は各大学に還元する。答申案では、高校での成績評価についても多面的評価への改善を促しており、高校での活用も検討する。【三木陽介】


遅すぎです。

客観的なデータもなく、どうやって入試改革をさせるつもりだったのでしょうか?

これこそ文科省がリーダーシップを取って、もっと早く全大学に一斉調査させるべきものでしょう。

各大学ごとにバラバラなやり方で、ちまちまとした調査などさせても間違いの元です。

適切な調査項目を設定し、適切な解析方法で全国一斉に行えば、数年で、はるかに信頼できるデータが得られます。

競争的資金として、無駄金をばらまくのは止めた方が良い。

ろくな成果がないじゃないか。

信頼性のある、意味のある、本当に役に立つ調査研究をした方が良いと思う。

そして、きちんとしたデータを元に議論すること。

教育学は、観念論が多すぎます。

子供中心的な、意欲・興味を引き出す教育信仰など、信念・イデオロギーに毒されています。

一方で、現実論を取る人も、個々の事例にとらわれすぎて、理論化できない印象です。

記事に関して言えば、本来ならば「卒後の社会での活躍」なども調査項目に入れたいところですね。

そうすれば、社会とつながった形で、教育の役割、方向性も明確になってきます。

こういう社会人になる為には、高等教育レベルではこういう教育が適切で、その適性を持った学生を選抜するには、こういう方法が良い。

中学・高校では、こういう学生生活を送ると、目指す分野の大学に合っているし、社会人になってからも困らない。

自分の特徴にあった進路はこの方向(文系、理系とか言う大雑把な話しではなく)

義務教育でしっかり勉強することが、先々こんな形で生きてくるんだと、データで説得力を持って示すことができます。

まあ、当たり前のことなんですが、それがこれまで教育分野ではできなかったと言うことですね。

この感覚は、スキーと共通します。

当たり前のことが、当たり前に実現できない。

何やっているんだと。

大学スポーツ、活躍=志願者増? 駅伝・ラグビー…効果は

大学スポーツ、活躍=志願者増? 駅伝・ラグビー…効果は

朝日新聞 2015年1月11日(日)朝刊より

駅伝やラグビーなど、年始めは大学スポーツが多くのファンを魅了した。活躍すれば新聞やテレビでも大きく取り上げられ、大学の知名度もぐんと上がる。スポーツに力を入れる大学は少なくない。その効果のほどは――。

 ■帝京大、増加の傾向「認知される」 東洋大、一定効果も「関係はない」

 1本のたすきをつなぎながら、東京―箱根間を往復する箱根駅伝。沿道は多くの人でにぎわい、テレビの視聴率は25%を超える。大会は毎年1月2、3の両日。大学の入学願書受け付けが始まる直前でもある。
 「イメージアップの効果はあった。長期的にみれば志願者数増の可能性もある」。今年、初の総合優勝を果たした青山学院大(東京都渋谷区)の平沢典男副学長はこう語る。2009年に33年ぶりに本選に出場して以来、連続出場中だ。
 この間、一般入試の志願者は増加。教育情報会社「大学通信」によると、08年の約4万7千人から、14年は約5万6千人に増えた。ただ、平沢副学長は「受験生の動向には様々な要因がある」。学部新設や一部学部の1、2年生を神奈川県相模原市のキャンパスから青山に移したことも大きく影響しているとみる。
 最近7年で優勝4回の強豪東洋大(東京都文京区)。広報課の榊原康貴課長は「駅伝の成績と(志願者数)は関係ありません」ときっぱり。優勝した年でも、12年と14年は志願者が減ったという。「駅伝は中長期的にみればブランド力を高める」と一定の効果を認めつつ、「アピールポイントは授業内容や学生生活です」と話す。
 大学ラグビーも、冬の風物詩だ。10日の全国大学選手権決勝で史上初の6連覇を果たした帝京大(東京都板橋区)は「大学のブランドイメージを醸成する一つの要素」とラグビー部を位置づける。初優勝した10年から14年までの志願者は約2万8千人から約3万6千人に増えた。広報課の担当者は「年末年始という注目が集まりやすい時期に好成績を残すことで、大学名が認知される良い機会になっている」としている。

 ■受験生「良い刺激になる」

 受験する側はどうみているのか。
 山形県新庄市の高校1年、阿部杏樹(あんじゅ)さん(16)は今年の箱根駅伝をテレビで見た。「チーム一丸となって走る姿を見ると、受験を控える私にとって良い刺激になる。こういう人たちに会いたい」と好意的だ。進路はまだ決めていないが、総合優勝した青山学院大にも興味を持ったという。都内の公立高校3年、前田侑哉(ゆうや)さん(18)は、早稲田大とともに青山学院大も受験する予定だ。「駅伝で優勝することで大学が注目され、就職に有利になるかもしれないのでうれしい
 一方、都内の私立高校2年、阿部あかりさん(16)は「スポーツで活躍する大学はもともと有名なので、資料は一通り集めている。スポーツの結果で受験するわけじゃない」と話す。
 大学通信の安田賢治ゼネラルマネジャーは「大学の知名度を上げるのにスポーツは最適。受験生を感動させるドラマがあれば、志願者数増にもつながる」としたうえで、「学部の新設や入試改革に取り組むなど、大学が前を向いている印象を与えることが大切だ」と指摘する。(岡田昇、小寺陽一郎)


高校野球では、まずスポーツで知名度を上げ、次に知名度を活かして進学コースを設け、東大入学者数を増やすというやり方が割と取られているように思います。

大学でも、資格取得率や就職率、一流企業へ就職できるかどうかは、最大のアピール材料になります。

ただ、数字は操作できますから、トリックを使った怪しげなデータ*も多いですね。

こちらこちらをご参照。専門学校等では当たり前のようにされていますが、大学までも詐欺をしても良いのか?と思います。

成果主義が強調されるに従って、プレゼンテーションなどで、うわべを取り繕う(下手すると詐欺的)な手法が、もてはやされたりしています。

企業で言えば、日産やソニー?

ものつくり企業でありながら、コンサルや企画屋が幅をきかせる会社。

口先で商売する人が出世するイメージです。

ただ、最初はだませても、やがて見透かされて、業績が落ちることになります。

製品は故障だらけで、イメージに中身が伴わないので当たり前です。

次買わない人が、増えます。

逆に、トヨタは、あれだけの生産量がありながらも、中身(質)を何とか維持しようとしている印象です。

STAP問題も、(偽装してまで)うわべを取り繕い、ネイチャーという典型的な商業誌に載せるという、商売(成功)の王道?を取っていたと思います。プレゼンテーションも上手でした。

でも、中身はなかったんですね。

詐欺的な方法は、長期的には自分の首を絞めると思います。

それを羨ましく思ってはいけません。

基本的には短期的な成功しかできませんから。

長期的成功には、中身の充実以外に方法はないのですが、でも、本を見ても、「表面的で安直なテクニックをマネして、上手くやってやろう!」というものが多いですね。

マッキンゼー本、ハーバード本などが典型です。

有名な組織の秘密を30分ぐらい学んで成功しようなんて発想する人向けに多数の本が出版されていると言うことは、人の弱みや、情弱さにつけ込んで、小銭を儲けてやろうという出版社や著者が多いことと、繰り返し騙される客が多いこと、を意味しているのかもしれません。

表面を飾りたい、見栄を張りたい人が世の中には多くて、商売の対象になっているという状況は、詐欺の儲け話に騙される人が後を絶たないのと共通するのかも知れません。

高校は、スポーツと勉強を別の人が分業する「偽物の文武両道」で、商売を行うことができます。

大学受験も、しごき上げて、受験テクニックを身につけさせれば、有名大学の合格者を増やすことはできます。

割と意図した商売がやりやすい(成果を上げやすい)のですね。

なぜ、そんなインチキくさいやり方が可能かというと、大学入試がペーパーテストで一発勝負という極端な成果主義を取っているからです。

入学試験の公平さだけ気にして、結果の不平等さは見ないシステムを採用しているので、点を取る技術にピンポイントで特化できるものだけが、利益を享受できるのです。

例えば、田舎の公立高校と東京の受験勉強のノウハウを持った私立高校では、点を取る技術に明らかにハンデがあります。

でも、そのハンデを自己責任に転嫁して無いものと扱っているので、不公平な結果(結果の不平等)を延々と生み続けているのです。

そのようなシステムから、独創性が生まれるのでしょうか?

例えば、東大は秀才は集まるけども、天才はなかなか生まれにくい大学になっています。

選抜方法が間違っているからですよ。

試験だけでなく、高校生活すべてを、人間性を含めて評価し、選抜材料に加えるべきです。

「両方」を見ることで、より良い選抜が可能になります。(試験だけでもダメだし、人間性だけでもダメです)

試験の点数が大きく違わないなら、スポーツで活躍した子、リーダーシップのある子、意欲的な子、真面目な子、大学にメリットをもたらしてくれそうな子を選ぶべきなのです。

中教審の答申は、(マスコミで批判されていますが)結構良いことを言っていると思います。

可能なら主観的な判断を加えることで、受験技術に長けた同じような高校の出身者ばかりにならず、多様性を確保できると思います。

試験に対する極端な公平さの追求(成果主義)は、デメリットが大きいです。

試験科目の成績を合計して、上位から取っていくという方法は、公平さはあっても、ベストな選抜尺度ではありません。

熟練した人間の感覚を加えた方が、遙かに正確だと思います。

ただ、人間性を入試の面接で評価することは不可能です。

受験生をよく知る高校の担任なりが、正直に推薦書を書いてもらえない限り、機能しないでしょうね。

内申書の信頼性が、実は入試改革の鍵を握っていると考えます。


でも、大学入試は、対策が立てやすいのに対し、就職における大学の評価を上げるのは、簡単ではないでしょうね。

手っ取り早くやろうとするならば、スポーツで受験生を集め、入学生のレベルを上げたいと言うことなのかもしれません。

でも、受験生が集まるほどの盛り上がるスポーツが大学にはないことが問題ですね。

駅伝・ラグビークラスでも、効果に対する見解が分かれるようですし。

むしろ安直な方法はないと思った方が良いと思います。

<大学入試改革>新テスト導入を答申 思考力や主体性重視に

<大学入試改革>新テスト導入を答申 思考力や主体性重視に

毎日新聞 12月22日(月)18時24分配信

キャプチャ

 文部科学相の諮問機関、中央教育審議会(中教審、安西祐一郎会長)は22日、大学入試改革について下村博文文科相に答申した。「1点刻み」のペーパー試験での選抜から、論文や面接を使った多面的総合評価への移行が柱。現行の大学入試センター試験を衣替えした新テストで段階別に学力を測り、各大学の個別試験では面接などで「思考力」や「主体性」の重視を求めた。新制度は2021年春入学者が対象の入試(現在の小学6年生対象)からの導入を目指す。実現すれば従来の入試観を転換する大改革となる。【三木陽介】

 答申は、現在の大学入試を「知識の暗記・再生に偏りがち」と指摘。今後求められる「思考力」「主体性」「協働性」などを総合評価することが必要とした。

 難関・中堅大学のような「選抜性が高・中程度」の大学では、学力評価は国がセンター試験を衣替えして実施する共通テスト「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)を活用。年複数回実施し、教科の枠を超えた「合科目型」「総合型」の問題も出題。難易度の幅も広げる。各大学は個別に小論文や面接、集団討論を実施し、評価テストの結果と合わせ合否を判定する。

 定員割れしたり、学力不問だったりする「入試が機能していない」大学では、もう一つの新テスト「高校基礎学力テスト」(仮称)の結果と、部活動、留学といった高校時代の活動実績や面接を基に合否判定する。基礎学力テストは高校2、3年で年複数回の受験を可能とし、「国語総合」「数学1」など必修科目を想定。成績は段階別で評価し、就職でも活用できるようにする。

 各大学には、求める学生像や評価基準を示した「基本方針」の明示を求めた。現行の一般、推薦、アドミッション・オフィス(AO)の入試区分は廃止する。

 英語に関しては「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能の育成・評価を推進するため、学力評価テストで米国の「TOEFL(トーフル)」など民間の外部試験活用を提言した。

 高校や大学でも、思考力や協働性の育成を重視する授業への転換を強調。答えのない問題に対し自ら解決策を探求する「課題解決型学習(アクティブ・ラーニング)」を促した

 同省は年明けにも専門家会議を設け、制度設計に着手。16年度中に合科目型問題例を示し、17年度にプレテストを実施する方針。

 また、中教審は同日、小中一貫教育の制度化も答申した。新しい学校種として「小中一貫教育学校(仮称)」を創設するほか、自治体が柔軟に小中一貫教育に取り組めるよう「小中一貫型小学校・中学校(同)」も提案。16年度からの導入を目指す。

◇中教審の大学入試改革答申骨子◇

・ペーパー試験による「知識偏重型」から論文や面接を使った「多面的評価」への転換

・大学入試センター試験を衣替えした「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)創設

・高校生の基礎学力の定着度をみる「高校基礎学力テスト」(仮称)の導入

・英語の入試は「TOEFL」など民間の外部試験も活用

・高校、大学の授業で「課題解決型学習」の充実


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アルペン主要情報

<主要サイト>
全日本スキー連盟(SAJ)
アルペンチームジャパン
国際スキー連盟(FIS)
ナスターレース協会
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WeatherNews(スキーCH)
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ドラぷら
2014-2015 スキー用品カタログ

<2014-15 アルペンルール>
2014/15アルペンポイントルール日本語版
アルペン競技:各種ルール等について
SAJポイントに関する ルール等について

<2014-15 大会日程>
FISワールドカップ
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2月26-28日
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全日本スキー選手権大会(苗場)
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シフリンの育ち方
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<基礎練習動画>
BMA:Tips with Mikaela Shiffrin
子供に学ぶスキーの基本技術
Snow stars Lvel 1-6
Ski Racing Technical Drill for U12
Angulation and Pole Plant drill
U16 Fundamentals Camp
アルペンスキー基本練習
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ジュニアがお手本にすべきWC選手は?
ミカエラ・シフリン トレーニング動画
ライヒのフリースキー動画
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<WC選手の滑り>
Mikaela Shiffrin wins first Giant Slalom
プレイバック 2014: Men's Slalom
Mikaera Shiffrin New Age 2014
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シフリン オーレの滑り
リゲティ クラニスカ・ゴラの滑り
ピントロー、リゲティ2013ダイジェスト
Ted Ligety training in Portillo 2012
Ted Ligety Training on Sochi GS Hill
Ted Ligety Amazing GS Run
カナダ女子SLトレーニング
リゲティGSフォームの分析
ピントロー、本人が選んだGS, SL, SG
2012 ソルデンWC男子GS完全版
2012 ソルデンWC女子GS2本目
2013世界選手権男子GSハイライト

<その他動画>
Didier Cuche, le come-back?
Felix Neureuthers Highspeed Orchestra
Alpine Skiing (Remi GAILLARD)
Bode Miller
The Best Of Sochi 2014 Olympics
Power combined with speed
総督閣下が新レギュレーションにお怒り
ボード・ミラー 面白?動画集
スビンダル9歳の滑り
ヒルシャー 16歳の滑り
ヒルシャー 14歳の滑り
Ligety - On The Quest For Glory
リゲティ GSフォームの変遷
GSスキー形状による滑走フォームの変遷
往年の名選手達の滑り

<スキー理論>
米国男子ヘッドコーチインタビュー1
米国男子ヘッドコーチインタビュー2
岩谷高峰「トレーニングを再考する」1
岩谷高峰「トレーニングを再考する」2
岩谷高峰「トレーニングを再考する」3
岩谷高峰「トレーニングを再考する」4
岩谷高峰「トレーニングを再考する」5
上林卓司「センターポジション」1
上林卓司「センターポジション」2
上林卓司「センターポジション」3
上林卓司「センターポジション」4

<技術解説本・DVD>
皆川賢太郎DVD
皆川賢太郎 スキー完全上達
皆川賢太郎 最速上達メソッド
浦木健太 GSテクニック
吉岡大輔 落とすGSテクニック
生田康宏 トップアルペンテクニック
竹節一夫 アルペンテクニック

<トレーニング論>
アスリート達は本当に速くなっている?
究極の鍛錬
俊敏性練習は、俊敏性を向上させるか?
「良いトレーニング、無駄なトレーニング」
「ゴールデンエイジ理論」の不思議
運動能力と遺伝、環境
筋収縮とエネルギー

<学ぶということ>
○科学的方法論
「仮説演繹法」再び。
アイスクリームを食べると、水死する?
科学的方法論のエッセンス
○学問のすすめ
米大学における多面的・総合的な評価
稲盛和夫「伸びる人、立派になる人、いらない人」
U.S. News Best Global Universities
いま注目されるリベラルアーツ教育
いちばんやさしい教える技術
人材育成の実践
新たな高等教育機関の制度化
快楽の人生、充実の人生、意味のある人生
全てリクルートから学んだ
創造性を発揮するには?
ノブレス・オブリージュ
大学入試成績と入学後の成績
修正版:博士が100人いる村
教えるということ
のめり込む力
ダニエル・ピンク:やる気に関する科学
ダン・アリエリー:仕事のやりがい
人間万事塞翁が馬:山中伸弥
人生はその時の最適解の積み重ね
量は質を生む
高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう
最初の3年で仕事人生の大半が決まる説
根拠なき自信
ノブレス・オブリージュ
中高生のための勉強法
自分の頭で考え、勇気を持つこと。
頑張ったらご褒美があるメンタリティ
自浄作用
いじめについて
タイガーマザーと文武両道

<その他>
インプレッサ路肩から這い上がる
美味しいコーヒーの入れ方
身近なコーヒーあれこれ
スーパーで買える美味しいコーヒー
辞めたくても辞められない
外食産業が日本を滅ぼす?
シナノ:なつかし写真コンテスト
福井県立歴史博物館:昭和のくらし
解放値の計算

<大会ルール(和訳)>
FIS競技用品規格
アルペンスキー国際競技規則(2010-11)
同 決定事項及び指導事項(2010-11)
アルペンポイントルール(2010-11)

<ポイント関連>
ポイントとは?
SAJ ポイントリスト
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子供が小1の冬に家族でスキーを始め、すっかりその魅力にはまっております。小4から地元のスポーツ少年団に所属し、競技スキーを始めています。(現在中3)
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上欄のカテゴリから興味のある話題をお選び下さい。
(2009年7月25日開設)


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