ジュニアスキー

ジュニアアルペン競技とスキー全般についての情報ブログです。

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スキーとともに コクラン・ファミリーの場合

スキーとともに コクラン・ファミリーの場合


公開日: 2013/04/17
Barbara Ann Cochran, a member of Vermont's famous Skiing Cochran family from Richmond, VT was the gold medalist in the slalom event at the 1972 Olympics. For the past 50 years, she has taught generations of Vermont families how to ski at Cochran Ski Area where she lived as a girl.
Watch more Vermont Makers videos online: http://bit.ly/ZyLEoU


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はるな先生すごい! 明正小教諭・スキーの居合選手が国体大回転で8位入賞

はるな先生すごい! 明正小教諭・スキーの居合選手が国体大回転で8位入賞

両丹日日新聞

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 ゲンゼスキークラブに所属する福知山市夜久野町井田の明正小学校教諭、居相はるな選手(24)=夜久野町水坂=が、このほど秋田県であった2013年冬季国体スキー大回転成年女子Aで8位入賞した。京都生まれ、京都育ちの選手の入賞は史上初。担任する児童たちと一緒に大記録を喜んだ。
 自宅近くにかつてあったゲンゼスキー場で幼いころにスキーを始め、福知山成美高校時代にはインターハイ9位に入ったことがあるが、全国大会入賞の壁は高かった
 
 国体には苦い思い出がある。社会人1年目の前回は府予選落ち。大学生たちに大きく引き離された。
 
 練習は週末の遠征で、月曜日の早朝に戻り、そのまま学校に行くハードスケジュール。「学生時代に比べると、どうしても時間が減る。もう駄目かなとも思いました」。それでも諦めず、少しずつ積み重ねて今年1月の府予選に再び挑戦。前回負けた大学生たちに勝って府代表の座をつかみ調子を上げた
 
 それでも勝てないのが全国。出場した国体成年女子Aは大学生以上24歳以下のカテゴリーで、雪国の強豪大学生やナショナルチームのメンバーたちが名を連ねた。国内最高峰の舞台の雰囲気にのまれそうになったが「入賞はまったく考えていなかったので」挑戦者の気持ちでぶつかっていけた。
 
 88人中3番手で滑り、後続選手の結果をドキドキしながら見守り、最後の選手が滑り終えて入賞圏内の8位に自分の名前があった。実感が沸かず、表彰式に並んで「入ったんやなあ」とじんわりうれしさがこみ上げた。
 
■教室開けたら紙吹雪に入賞よりも感動■
 
 夢のような世界から現実に戻り、普段通り学校に行った。担任する5年生の教室を開けると、紙吹雪が舞い、黒板いっぱいの寄せ書き。子どもたちによるサプライズが待っていた。「入賞したことより感動しました」
 
 5年生は「普段は真面目な先生」「『1分時間ちょうだい』って言ったのに5分も過ぎてた」と大好きな先生について語る。サプライズは6年生有志も協力して準備したという。国体入賞を我がことのように「すごい。うれしい」と喜び「次は全国1位になってほしい」と期待を膨らませた。
 
■来年へ向けて気合■
 
 居相選手は「このままの勢いで来年も頑張りたい」と気合を入れる。いつもは先生、週末はスキー選手。二足のわらじをしっかり履きたいと。

写真=担任する5年生5人の手作りサプライズにびっくりする居相選手(左から3人目)


いい話です。

頑張ってください。

里谷多英が引退 燃え尽きた奔放モーグル女王

里谷多英が引退 燃え尽きた奔放モーグル女王

産経新聞 2013年01月26日17時40分

ベテランの余裕

 自由奔放な天才、フリースタイルスキー女子モーグルの里谷多英(36)が25年の競技生活に終止符を打った。コブのある斜面を滑りながら、ジャンプやターン、そして宙返りする。日本人の多くは、里谷多英がいなければモーグルというマイナー種目に目を向けることはなかっただろう。日本女子初の冬季五輪金メダル、5大会連続五輪出場。一方でゲレンデ外では泥酔暴行事件や度重なる故障…。日本の第一人者は、モーグルのコースそのものの山あり谷ありそしてコブありのスキー人生を静かに滑り終えた。

■栄光の日々

 札幌出身の里谷がモーグルを始めたのは小学校5年のときだった。自宅近くのコブ斜面を滑り、モーグルの面白さに夢中になった。自由奔放な性格の里谷にはアルペン種目より、思いのままのスタイルで楽しめるフリースタイルのモーグルが向いていたようだ。
 小学校6年生で史上最年少で全日本選手権を制した。初めて出場した五輪は1994年のリレハンメル大会。東海大四高2年のときだった。
 結果は11位だったが、里谷自身は5度の五輪出場のなかで、リレハンメルが一番忘れられないという。
 「モーグルというマイナー種目が注目されたし、大観衆の中で滑った感激は今も忘れない。メダルがほしい、と思ったのもあのときだった
 大舞台で味わった大きな感動がメダルへの助走になった。
 1998年長野五輪では見事金メダル。21歳だった里谷は怖いもの知らずのスピードで飛ばし、高得点をマークした。
 「お父さんが見ていてくれると思って滑りました
 スキーを始めて以来、常にコーチ役だった父、昌昭さんを半年前に亡くしていた。ウエアのポケットに入れていた昌昭さんの写真にそっと触れ、表彰台で涙を流した姿が忘れられない。
 コブだらけの斜面をバランスよく、美しく滑り降りるかを競うモーグル。日本では超マイナーだった種目の人気を一気に高めた里谷の功績は、どんな言葉でも言い尽くせないほど大きい。
 ここ一番の集中力は五輪の大舞台で真価を発揮した。
 2002年ソルトレークシティーでは見事なターンとスピードで銅メダル。日本女子選手で冬季五輪で複数のメダルを獲得したのも里谷しかいない。
 「五輪になると集中力が高まった」という。まさに五輪の申し子だった。
ソチ五輪に届かず 
 2006年トリノ五輪15位、2010年バンクーバー五輪19位。
 30歳を過ぎて、体力面の衰えは隠せなかったが、それでも里谷は最後まで現役にこだわった。
 「バンクーバーの直前から本当にスキーが楽しかった。もっとうまくなりたかった
 合宿では年下の選手以上に長く練習を続けた。専属のトレーナーについて筋力強化も欠かさなかった。しかし2014年ソチ五輪出場を見据えて出場した2012年12月の北米の大会で振わず、五輪出場はほぼ絶望的に。ついに引退を決意した。
 「25年間、あきらめることなく最後まで挑戦し続けることができ、とても幸せな競技人生でした
 その言葉にうそはない。

■バッシングを越えて

 私生活では何かと話題を振りまいた。
 1999年、全日本スキー連盟幹部の推薦でフジテレビに入社したものの、番組制作などの社内業務よりも選手生活を重視した。左足首骨折の大ケガをしたこともあった。
 2003年、建設会社に勤める一般男性と結婚。
 2005年2月、酒に酔って暴行事件を起こした。東京・六本木のクラブで泥酔して複数の男性とわいせつ行為に及んだとされる。あげくに止めに入った関係者にかみつくなど暴行をふるったため、麻布署に連行された。ネットでも大きな話題になり、里谷バッシングが激しかったことを思い出す人も多いだろう。
 2006年、トリノ五輪のあとに離婚。その後は首や腰に傷みと戦いながら、必死に現役生活を続けてきた。
 2010年のバンクーバー五輪での「暴走」は、そんな波乱や挫折をすべてぬぐい去りたい、という里谷の意地が爆発したのだろうか。
 スタートから猛然と飛ばした。だれもが「むちゃだ」と思った。どよめく観客席。加速しすぎてバランスが崩れる。第1エアは何とかクリア。しかし第2エアで体勢が崩れて宙に投げ出され、転倒した。
 何回五輪に出ても、いくつメダルを取っても、私生活のトラブルばかりが興味本位に大きく取り上げられた。周囲からの厳しい視線。もうたくさん、という思いもきっとあったに違いない。
 里谷はモーグルにすべてをぶつけ、完全燃焼した。今後はフジテレビに残り、社員として第二の人生を歩む。(出崎敦史)


札幌五輪アルペン代表の富井澄博氏死去

札幌五輪アルペン代表の富井澄博氏死去

 72年札幌、76年インスブルック冬季五輪アルペンスキー男子代表の富井澄博氏(とみい・すみひろ)が19日午前6時18分、腎盂がんのため長野県小布施町の病院で死去、63歳。長野県出身。葬儀・告別式は22日午前11時から長野県飯山市飯山5168の1、JA虹のホールみゆきで。喪主は妻えり子(えりこ)さん。

 アルペンの花形種目、滑降などで五輪2大会連続出場。引退後は後進の強化に尽力し、98年長野冬季五輪ではアルペン女子の競技委員長を務めた。

(2013年1月19日19時03分 スポーツ報知)


シュナイダー氏死去=オスロ五輪金メダル-アルペンスキー

シュナイダー氏死去=オスロ五輪金メダル-アルペンスキー

 【ウィーンAFP=時事】1952年オスロ冬季五輪アルペンスキー男子回転で金メダルを獲得したオトマール・シュナイダー氏(オーストリア)が、24日に84歳で死去した。詳細は不明。オーストリア通信が26日、報じた。同五輪の滑降では銀メダル。射撃でも活躍し、74年世界選手権ではピストル団体のメンバーとして銅メダルを獲得した。 (2012/12/26-23:14)


小野塚 彩那 ★講演会のお知らせ★

小野塚 彩那 ★講演会のお知らせ★

第36回 スキー&スノボ フェスタ2012 IN SHIBATA

日時:平成24年11月10日(土)

会場:新潟県新発田市生涯学習センター 講堂

時間:午後6時開場  午後6時30分開演

入場料:前売り 400円 当日500円 *中学生以下無料(但し抽選会なし)

主催:新発田スキークラブ【不滑降】

アナウンサー:細貝恵美

講演:小野塚彩那


「私のトンでもない!?スキー人生お話したいと思います☆」とのこと。

聞いてみたいですね!

お近くの方は、ぜひ。

沖聖子さん ノルンスキースクールの校長に!

沖聖子さん ノルンスキースクールの校長に!

こちらをご参照。

ICIカスタムフェアのユーストリーム放送で、選手引退を匂わせていました。

山崎操さんから引き続きの美人校長先生ですね。

持ち前の明るさで、頑張ってください。

仁親王殿下ご逝去 66歳

仁親王殿下ご逝去 66歳

2012.6.6 16:01 [皇室] 産経新聞

 三笠宮家の長男で、天皇陛下のいとこにあたる仁親王殿下が6日午後3時35分、入院先の東京都千代田区の杏雲堂病院で逝去された。66歳、皇位継承順位は第6位であられた。障害者福祉などに心血を注がれる一方、気さくなお人柄で国民から「ヒゲの殿下」と親しまれた。一般のご葬儀にあたる「斂葬(れんそう)の儀」は、東京都文京区の豊島岡墓地で執り行われるとみられる。

 仁さまは平成3年以降、がんの治療を受け、今年1月にも下咽頭から口腔のがんを切除する手術を受けられた。3月2日にのどの軟骨を切除する手術を受けたが、今月1日、口内から出血がみられた。5日に腎臓や呼吸器系の機能にともない意識レベルも低下し治療が続けられていた。

 仁さまは昭和21年1月5日、昭和天皇の末弟、三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下の長男としてご誕生。学習院大学法学部を経て、戦後、皇族としては初めての海外留学で英オックスフォード大学に学ばれた。

 大変なスキー好きとして知られ、スキーを通じて身障者や青少年の福祉などに取り組まれた。55年11月、故吉田茂元首相の孫にあたる信子さまとご結婚。長女の彬子(あきこ)さまと二女、瑶子(ようこ)さまをもうけられた。麻生太郎元首相は信子さまの実兄。

 昭和57年には「社会福祉活動に専念したい」などと皇籍離脱を申し出られたこともあった。平成3年にがんを患った際に病名を公表し、がん告知の議論にも一石を投じられた。


スキーは技術も知識も専門家=スポーツに親しまれた寛仁さま

 三笠宮家の寛仁(ともひと)さまはスポーツ界にも縁が深かった。国際スキー連盟公認の宮様国際競技会や、ラグビーの全国大学選手権などの優勝者には、寛仁さまの名前を冠したトロフィーなどが贈られていた。
 特に親しまれたのがスキー。1972年札幌冬季五輪では、組織委員会事務局の一員として札幌に滞在した。87年からは日本職業スキー教師協会の総裁を務め、体調を崩す前は毎シーズンのように長野県などのスキー場に赴いた。
 長野県の志賀高原を訪れた際には、56年コルティナダンペッツォ冬季五輪アルペン代表選手の杉山進さん(80)がお供していた。寛仁さまが小学生の頃から一緒に滑っていた杉山さんは「スキーを通じて50年以上お世話になりました。技術はもちろん、知識も広く深くお持ちの専門家でした。言葉もなく、大変残念なこと」としのんだ。
 日本体育協会の張富士夫会長は、「殿下はスポーツをこよなく愛され、多くのご教示を賜りました。今後、スポーツ界として大切に守っていきたいと考えております」との談話を発表。
 また、日本オリンピック委員会の竹田恒和会長は「スポーツの宮様として親しまれた秩父宮さまの意志を継がれ、日本スポーツ界に多大なるご貢献をいただいた。94年リレハンメル、98年長野の両冬季五輪では会場に足を運んで選手を直接激励していただきました。障害者スポーツの活動にも尽力され、個人的には幼少の頃からご指導いただき、非常に残念でなりません」とのコメントを出した。 
[時事通信社 : 2012-06-06 19:16:00]


スポーツ界にも悲しみ 札幌五輪は事務局で活躍

2012.6.6 19:47 産経新聞

1994年2月、リレハンメル五輪で金メダルを獲得した荻原健司選手(左端)ら日本チームと笑顔を見せる仁さまと信子さま=ノルウェー(共同)

 仁さまが亡くなられた6日、スポーツ界にも悲嘆の声が広がった。日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は「『スポーツの宮様』として知られた秩父宮さまを継ぎ、長い間、尽力していただいた。馬術もやり、自転車やスキー、身障者スポーツの振興にも取り組まれていた」と早過ぎる死を悼んだ。

 スポーツ団体では、日本ラグビー協会の名誉総裁などを務め、1972年札幌冬季五輪では自ら大会組織委員会の事務局に入って活躍した。ラグビーの2019年W杯の招致成功にも尽力し、日本ラグビー協会の真下昇副会長は「1試合でも観戦していただきたかった」と話し、日本体協の張富士夫会長は「殿下からのご指導はわが国スポーツの発展に大きな影響を与えていただいており、今後、スポーツ界として大切に守っていきたい」とのコメントを発表した。


「本当のスキー人」蔵王のスキー関係者

2012.6.6 20:00 産経新聞

 仁親王と一緒にスキーをした経験を持つ岸英三・蔵王ハイムスキースクール会長(89)「殿下は、頼まれるといやと言えない性分で、何でも無理をなさっていた。亡くなられ残念以外に何もない。殿下はスキーが大好きで、アルプス、八甲田、北海道といろいろと滑られた。山形県の蔵王スキー場でも一緒に滑りましたが、スキーは文化であると理解できる本当のスキー人でした」


「山岳スキーが原点」日本職業スキー教師協会会長

2012.6.6 20:24 産経新聞

日本職業スキー教師協会の馬淵雄一会長(69)の話

 「無念の一言に尽きる。英国留学中、冬休みにオーストリアの国立スキー学校で腕を磨かれた経験から、帰国後は日本のスキーの発展には指導者育成が急務との信念をお持ちで、スキーの発展に尽くされてきた。『王道を生きろ』とよく話され、スキーの理論についての話題になると、自身が納得できなければ夕方から未明まで議論される厳しい方だった一方、平成21年に私が会長になるときには『応援するから頑張れ』と励ましの言葉をかけてくれるなど優しさも兼ね備えていた。山岳スキーこそが原点とされており、20年以上前から毎年4月、八甲田山でのスキー合宿が恒例だったが、体調がすぐれずここ数年は参加されないことが多くなっていた。先日も『来年こそは参加しよう』と話されていたばかりなのに悔しい」


ご冥福をお祈りいたします。

元五輪スキー選手が自伝出版

元五輪スキー選手が自伝出版

 ノルディックスキー・複合で冬季五輪に2大会連続出場した小千谷市千谷川の久保田三知男さん(62)が、半生を振り返った「さあ世界の壁に挑戦だ~我がスキー人生の記録~」を自費出版した。「自分のようなセンスの無い選手でも五輪に出場できた。若い選手には夢を持ち続けてほしい」とエールを送っている。

 久保田さんは市立小千谷中を卒業後、いったん就職したが、スキーへの思いを断ち切れず、小千谷高定時制に入学。働きながらスキー競技を続けた。当時はまだ無名の選手だったが、親に頼み込み、4人きょうだいでただ一人、大学に進学。4年次に冬季国体の複合成年の部で優勝するなど頭角を現し、社会人では純ジャンプと両方で活躍した。

 その後、冬季五輪では1976年インスブルック(オーストリア)で30位、日本選手団の主将も務めた80年レークプラシッド(米国)では25位となった。

 現役引退後は小千谷市職員などとして後進の指導に携わり、世界選手権出場選手などを育成したほか、ジャンプの国際審判員、長野冬季五輪(98年)の競技役員なども務めた。この間の経験や裏話なども、今回の本の中で紹介されている。

 「自慢だと思われる」とためらっていた自伝を書こうと決めたのは、指導者になってから、素質のある子どもたちが「自分なんて無理」と簡単にあきらめる姿を数多く目の当たりにしたからだ。

 本では〈1〉目標を掲げ、夢を持ち続ける〈2〉指導者の助言を聞く〈3〉感謝の心を持つ――など、選手にとって大切な9項目を列挙。国の強化選手として初めて合宿に参加した時、他の選手に「とても勝てない」と思いながら、宿舎で自分の欠点を補う練習を繰り返すなどして、自信に変えていった体験なども記している。

 また、指導者に対しても「成績に一喜一憂せず、良いところを褒める」「子どもの時期に厳しいトレーニングを強いると、『燃え尽き症候群』となる心配もある」と助言している。

 現在は同市障害者支援センター「ひかり工房」園長を務める久保田さん。「子どもたちは大きくはばたく可能性がある。継続すれば、必ず結果は出る。指導者は支える環境づくりをしてほしい」と話している。

 A4判86ページ。300部を印刷し、市内の小中学校や高校などに寄贈した。非売品だが、市立図書館などで読むことができる。

(2012年5月26日 読売新聞)


寺田シュリさんのお父さんにお伝えしたい言葉がありそうです。(笑)

女子ジャンプW杯あす蔵王で 小浅選手が世界に挑む

女子ジャンプW杯あす蔵王で

小浅選手が世界に挑む

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ワールドカップに向けて意気込みを話す小浅選手(蔵王体育館で)

 今シーズンから初めて開催されているノルディックスキーのジャンプ女子ワールドカップ(W杯)が3~4日、山形市蔵王温泉の市蔵王ジャンプ台を舞台に行われる。2014年のソチ冬季五輪(ロシア)から正式種目に加わるなど注目が高まる女子ジャンプだが、国内でのW杯開催は、蔵王大会が初めて。県内からは、九里学園高校(米沢市)出身の小浅星子選手(29)(ライズJC)が出場メンバーに選ばれ、世界トップレベルの選手たちに挑む。

 米沢市出身の小浅選手が、ジャンプ競技を初めて見たのは小学4年生の冬。同市で行われたスキー大会に小学生の女子選手が参加していた。

 「ジャンプができたらどんなに気持ちが良いんだろう」。その時の光景が忘れられず、翌年から練習を始めた。

 中学時代に米沢スキージャンプクラブに入会したが、県内では唯一の女子選手。「男子しかいないクラブで本当にジャンプするの」。同クラブの須崎均会長(58)が聞くと、「うん、やりたい」と話し、周囲の大人を驚かせた。中学3年生の時に出場した地元の大会では、男子選手を押しのけて優勝した。

 大学までアルペンの選手だった父親の洋さん(59)と県外に遠征。他県のコーチからも助言を受けた。九里学園高スキー部の佐藤貞雄監督は、「女子一人だけで黙々と練習していた。よほどジャンプが好きだったんだと思う」と振り返る。

 高校卒業後は札幌大(札幌市)に進学し、在学中に札幌市長杯で国内初優勝。その後も雪印杯やNHK杯で優勝するなど実績を重ねてきた。29歳になった現在は、高梨沙羅選手(15)(北海道・上川中)ら若手の台頭著しい女子ジャンプ陣の中ではベテラン世代になってきたが、札幌市でアルバイトを続けながら、現役にこだわり続けている。

 洋さんと二人三脚で練習してきた頃から夢は、「オリンピック出場」。昨年4月、女子ジャンプがソチ冬季五輪の正式種目に認められた際、「オリンピック種目になるのが選手たちみんなの夢だった」と喜んだ。

 大舞台を前に、小浅選手は「オリンピックに近づくためにも、そして私を育ててくれた地元に恩返しするためにも、これまで積み重ねてきた成果を出し切りたい」と誓った。



 今季のジャンプ女子W杯は、世界6か国7都市で計13戦を行い、それぞれの成績に応じたポイントを加算して順位を競う。これまで日本勢では高梨沙羅選手が3回2位に入賞しており、初優勝の期待が高まる。

 残り4戦のうち3戦が蔵王大会で行われるとあって、世界のトップ選手が集結。12か国から43選手が出場する。3日は第10戦と第11戦が、4日は第12戦が行われる。

(2012年3月2日 読売新聞)


女性スキーヤー白馬に集え 25日に「トレイン滑走」

女性スキーヤー白馬に集え 25日に「トレイン滑走」

(2012年1月20日)

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2009年のレディーススキーヤーズパーティーで滑る参加者

 白馬村の元スキー選手の女性らでつくる全日本レディーススキークラブ白馬支部が25日、八方尾根スキー場で「レディーススキーヤーズパーティー」を開く。14回目となる今回は県内へのスキー伝来100周年に合わせて女性スキーヤー100人が連なって滑る「トレイン滑走」を計画。より多くの女性たちで盛り上げたいと飛び入りも含めて参加者を募っている。

 白馬村内には、スキーが好きで白馬に嫁いだり移住したりして宿泊業などを営んでいる女性が多い。日常のせわしさに追われてゲレンデから遠ざかっているとの声を聞き、「パーティー」を始めた。当日は、例年50人ほどで披露してきたトレイン滑走の規模を倍増するほか、メンバーら10人が、スキー伝来当時の滑り方を、竹ざおの一本づえとはかま姿で滑る。滑走後は恒例の食事会も開く。

 メンバーでペンション経営の岡田久子さん(65)は「忙しい女性もこの日ばかりはスキーを楽しんでほしい。そしてお客さんとスキーの魅力を語り合いたい」と話している。

 午前9時から同スキー場名木山ゲレンデ下のスキースクールで受け付け。参加者にはスキー用具を千円でレンタルする。リフト代も割り引く。問い合わせは岡田さん(電話0261・72・4840)へ。

(提供:信濃毎日新聞)


登別の瀧澤清勝さん、スキー最長距離走破完走証を取得

登別の瀧澤清勝さん、スキー最長距離走破完走証を取得

【2012年1月17日(火)夕刊】 室蘭民報

 登別市在住の瀧澤清勝さん(63)がこのほど、道内で七つある歩くスキー大会などの最長距離部門を走破したスキーヤーに贈られる「北海道セブンスタースキー完走証」を手にした。平成16年から挑戦し昨年2月に悲願を達成した。登別では第1号になる。「元気なうちは挑戦し続けたい」と“生涯現役”に意欲十分だ。

 この称号は、道内で行われる歩くスキーやクロスカントリーの計7大会で構成する、すべての最長距離を走破した参加者に、北海道セブンスタースキー組織委員会(事務局・上川管内美瑛町)から贈られる。

 瀧澤さんは10年前に室蘭歩くスキー協会に入会、同会副会長の加藤敬之さんの勧めで各種競技に参加した。陸上自衛隊幌別駐屯地に定年まで務めていた際、冬場はスキー板を装着しての訓練が多かっただけに、体力・技術には自信があったという。

 当初は「3年ぐらい続けたい」と考えていたが、開催地が道東・道北方面に多く、大半が2月実施で日程が重なっていたことから、およそ1年に1大会のペースで参加。次第にチャレンジ精神がおう盛になってきた。

 コースの最長距離は、さまざまだが、瀧澤さんが挑戦したコースは30~70キロが中心。70キロ以外はフルマラソンの記録に匹敵するほどの体力を要する。しかし「スキーとマラソンは別。走られない人でも長く続けることができますよ

 歩くスキーは健康増進につながるとあって、室蘭地方でも高齢者を中心に人気。「腕の力と技術、体力は必要だが、ランニングよりは比較的遠くに進めます。年輩者でも楽しめますね」と魅力を話す。

 これまで7大会で計278・195キロを歩いてきた。総タイムは18時間を超える。「雪がきれいに輝いて、きらめく雪が気持ちいいんだ」。最も印象に残る同16年の宮様国際スキーマラソンを振り返りニッコリ。

 平日は警備員の業務。練習は土・日曜日が中心。自宅近くに作ったコースで汗を流すほか、伊達市大滝区まで足を運ぶ。「夏はランニングとウオーキングもしていますよ」。年間通して体力づくりに精を出す。

 既に7大会の“2周目”に挑戦中だ。「2回、3回とクリアしたい。それを目標に、健康を保っていきたいね」と最後まで意欲的に語った。

(石川昌希)


競技だけではなく、健康、生き甲斐のためのスポーツとしての魅力がよく表れていると思います。

記事のように、目標や励みになるものがあると良いですね。

でも私、この方よりは大分年下ですが、とても出来るとは思えませんが・・。

高島高スキー部、募集停止へ 伝統70年、少子化で

高島高スキー部、募集停止へ 伝統70年、少子化で

 滋賀県高島市今津町の高島高で、70年近い歴史がある「スキー部」が2012年度から部員募集を停止することが5日までに決まった。地域クラブなどの形で活動を存続できないか、同部OBや保護者らが模索している。

 少子化により同校は最近10年間で、クラス数が32から21、教員数も78から54へと激減した。32ある部活動の在り方を1年間検討し、スキー部と硬式テニス部の募集停止を決めた。部員が卒業する2014年春には廃部となる。「生徒、教員数に応じた安全で適正な部活動の規模を考えた」(川那邉章校長)という。

 スキー部は最盛期30~40人の部員がいて、国体選手も多く輩出。今は部員6人で、教諭1人が顧問を務める。同校は11月、部員らに募集停止の決定を伝え、入試を前に高島市内の中学校にも伝えた。保護者とOBら約20人が、学校側と存続を話し合っている。

 スキー部OBの観光業の男性(57)は「高島高のスキーは、滋賀県の高校スポーツの象徴の一つ。指導者や活動場所の協力など、活動を存続できる方法を工夫したい」と話す。

 川那邉校長は「社会体育・生涯スポーツの一環として、生徒がスキーをする方法は、あり得る。少子化の時代の学校と地域の関わり方を、一緒に考えたい」と話す。

【 2011年12月06日 10時25分 】 京都新聞


湯本浩美選手 引退表明とこれまでの歩み

湯本浩美選手 引退表明とこれまでの歩み

彼女のブログをご覧下さい。

小2?でNHK杯優勝。

小6 全勝優勝

中2で、全中GS優勝

中3で、全中SL優勝

高3インターハイ優勝

・・・

そして日本代表に。

スーパーエリートでありながら、常に他人を思いやり、感謝の気持ちを忘れない選手に見えます。

人を押しのけてはい上がるタイプとは真逆の、やさしい心の持ち主と感じました。

長い間本当にお疲れ様でした。

これからは、自分の人生を「自分のために」歩まれると良いかと思います。

世界の頂点見据えて フリースキーヤー 楠 怜己さん

世界の頂点見据えて フリースキーヤー 楠 怜己さん

2011年9月28日 大阪日日新聞

14年ソチ五輪は大きなチャンス

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「ことしは勝負の年」と五輪出場を目指す楠さん

 兄の影響で2歳でスキーを始めた。シーズンになると、毎週末にキャンピングカーで大阪市内から雪を求めて信州や東北などに家族で大移動を繰り返してきた。兄は大会に出場。その横で物心がつく前からスキーを履いて雪と遊んでいたという。「休日にスキー場に行くのが当たり前だった」と楠怜己さん(18)。大阪生まれ大阪育ちのスキーヤーは、世界の頂点を目指す。

■小学生で大会に

 小学生のころに本格的にモーグルを始めた。小学4年で全日本の大会に参戦。以来、数々の大会で上位入賞、優勝を勝ち取るなど実績は日本でもトップクラスだ。「スキーをやってるのは自然なんです」と屈託のない笑顔を見せる。

 13歳の時にハーフパイプ、コースに設置した障害物やジャンプ台で技を繰り出すスロープスタイルに出合い、その楽しさと魅力に心奪われた。現在はモーグルからハーフパイプ、スロープスタイルに足場を移し、留学先のカナダで日々、技術を磨いている。

■カナダ留学

 最初は交換留学生として、スキーのよりよい練習環境を求め、語学の勉強のためにカナダへ向かった。「気がついたら1年たってましたね」と留学1年目を振り返る。

 「ホームシック」という言葉には、まるで縁がなかった。だが、英語は全くしゃべれない。しかし「泣き言は言わない」と、持ち前の精神力を発揮して勉強し「気づいたら理解できて、しゃべれるようになりました」。異国の生活になじむのにそう時間はかからなかった。

 「スキーをやるには、英語がしゃべれないと世界に出られませんから

■勝負の年

 2014年、ロシアのソチで行われる冬季五輪では、ハーフパイプが正式種目として採用された。日本ではまだまだ選手が少なく、楠さんにとっても大きなチャンス。「ことしは勝負の年」と、留学拠点をカナダの中でもさらに練習環境のいいウィスラーに移した。

 「今はすべてが足りないと思う」と自覚。それでも「表彰台の高い所は景色がいい。優勝するって決めてますから」と、本気で世界の頂点を見据えている。

 ○…練習中に転倒して左膝の靱帯(じんたい)を切る大けがをしたのが昨年の3月。「日本の病院で診察したら切れているのが分かった」とすぐに手術。今は快方に向かい、9月の上旬にカナダへ向かう機上の人となった。「子どもの時から厳しい戦いの中で勝ち上がってきた。悔しさも積み重ねてます」。18歳の心の奥は、強く、そして熱い。


この人にとことん:妙高・燕温泉旅館組合、植木明雄さん /新潟

この人にとことん:妙高・燕温泉旅館組合、植木明雄さん /新潟

毎日新聞

 ◇利用者激減、低迷続く秘湯

 長野県境に近い、妙高山の麓(ふもと)に秘湯「燕温泉」(妙高市関山)はある。標高約1200メートル。ミルク色のお湯は異口同音に「文句なし」。だがバブル崩壊後、利用者は激減。スキー場の閉鎖が追い打ちをかけた。一軒また一軒と旅館が廃業し、残った旅館も厳しい局面に立たされているという。生き残りの道はないのか。地元旅館の3代目で燕温泉とともに長年歩んできた植木明雄さん(69)に話を聞いた。【長谷川隆】

 ◇「癒やし」で誘客、地場産品も 力合わせ難局乗り切りたい

 --燕温泉の歴史について教えてください。

 今の温泉街から約25分ほど大田切川に沿って登ると、日本の滝百選にもなっている「惣(そう)滝」がある。その近くで蒸気が噴き、湯が出ているのを江戸時代の人が見つけたらしい。温泉利用は1875(明治8)年からとされる。惣滝から下った所で、有志が浜茶屋のような休憩所を整備し、雪のない時期だけ営業していたようだ。今の露天風呂「河原の湯」の辺り。ところが山崩れや水害が多く、施設は土砂で埋まった。このため1895年に少し山を下った現在地に移転。仙境の湯治場として発展していった。

 --温泉は特に評判が良いですね。

 燕温泉旅館組合が五つの源泉を管理し、一つにまとめて各旅館に分配している。硫黄を含む白濁としたお湯。ヤケドや切り傷、慢性皮膚病、慢性婦人病、糖尿病などに効果があるとされる。湯冷めしにくいのも特徴。泉質が柔らかく、湯あたりしにくい。もっと低い土地にも温泉地はあるのに、今よりずっと不便だった昔から湯治客が来ていた。昔の人はお湯の良さを知っていたのだろう。

 --バブル期を境に低迷しています。

 1918年に山岳スキー場が整備された。56年に第1リフト、63年に第2リフトが完成した。89年に妙高トンネルが開通し、冬でも車で上がって来られるようになると、スキーブームの追い風にも乗って利用者は急増した。

 ところが、バブル後は宿泊者が減り続けた。リフト運営会社も2005年シーズンを最後に営業を中止した。スキー目当ての宿泊客は妙高高原の赤倉温泉などに移っていった。

 冬場の売り上げが年間の3分の1を占めていた。冬の赤字を夏に取り返すことは難しい。施設の改修もままならない。特に今年は東日本大震災の影響で客は少なかった。

 組合員の高齢化も進む。今の状態では都会に出ている息子にバトンタッチができない。バブルのころまで組合員は旅館8軒、商店2軒の10軒だった。旅館3軒が昨年までに廃業。温泉街に活気がなくなっている。

 --新しい試みに挑戦しているとか。

 スキー客は昔ほど見込めないので、別の方法で一年を通して客を集める必要がある。キーワードは「癒やし」。山奥の温泉宿でゆっくり自然と食事を楽しみたいという人はいるはず。そういう客層のニーズにも応えたい。

 温泉や自然と同様に地場産品もアピールしたい。燕には春の山菜やタケノコ、秋のキノコなど旬の素材がいっぱい。ナメコ汁など素朴な味は素朴なまま提供し、素材を生かした創作料理にも挑戦している。ウドや山ブドウの人工栽培も始め、ウドは冬場の誘客に生かし、山ブドウはブドウジュースやケーキなどに使っている。アットホームな雰囲気で客をもてなすなど特徴を出している。

 --最後に活性化への決意を。

 現在地で燕温泉がスタートして116年。秘湯ファンに人気の「河原の湯」も再開し、にぎわっている。スキー場跡は緑地公園として間もなく整備が始まる。通行止めになっていた惣滝の遊歩道や登山道も年内中に開通する。明るい兆しが見えつつある。先達から引き継いだ燕温泉。ここで絶やすわけにはいかない。組合員が力を合わせ、この難局を乗り切りたい。

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 ◇燕温泉

 妙高山の登山口に通じる山道両側に旅館や売店が軒を連ねる。山手には無料の露天風呂「河原の湯」と「黄金の湯」がある。温泉街には春の彼岸ごろ、岩燕が南方から飛来する。出産、子育てを経て、秋の彼岸ごろ帰っていくことから、燕温泉と名がついたという。

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 ■人物略歴

 ◇うえき・あきお

 1941年妙高市燕温泉生まれ。67年、父親の後を継ぎ旅館「針村屋」館主に。元県スキー連盟理事。元妙高市観光協会理事。組合では源泉管理などを担当。


シーズン滑走距離 池田さんV 倶知安

シーズン滑走距離 池田さんV 倶知安

2011年4月25日(月)

 【倶知安】ニセコグラン・ヒラフスキー場で1シーズンの総滑走距離を競う「標高差コンテスト」で、大阪府枚方市の池田興亜(おきつぐ)さん(69)が、5連覇を確実にした。池田さんは「けがと風邪に気をつけ、毎日楽しんできた結果。好きなことを続けさせてくれた家族に感謝したい」と喜んでいる。(鈴木孝典)

 スキー場が毎年企画しており、ホテルニセコアルペン前から頂上までの標高差約940メートル分を、リフトで移動するごとに1ポイントとなり、乗車記録の累計から滑走記録を割り出して競う。今年は国内外の892人が参加した。

 池田さんは町内の下宿を拠点に、例年より1週間ほど遅い1月12日に滑走を始めた。2月上旬には首位に立ち、その後は独走。21日までに1937ポイントを獲得し、2位(812ポイント)に2倍以上の差を付けている。今季のスキー場営業日数は残り2週間ほどで、大会事務局は「優勝は確定的」という。

 4連覇中の池田さんに対して、地元スキーヤーたちが「今年も頑張ってください」と声をかけることもしばしば。

 だが、3月11日の東日本大震災の発生後、外国人を含むスキー客が激減したため「ゲレンデに自分しかいない時もあり、少し寂しい気分」と振り返る。

 池田さんは今年で古希を迎えるが「体が元気な限り続けたい。来シーズンは小学3年生の孫息子と2人とニセコに来れたら」と話している。

(北海道新聞提供)



目標を決めて、努力するのは何歳になっても同じですね。

頑張って下さい。

でも、69歳でこれだけ滑った場合、シーズンでどの程度上達するものか(そして、次のシーズンまでどの程度残っているのか)、臨界期(感受性期)の観点から気になるところです。


行きも帰りも大汗、<あのころ>スキー列車超満員

行きも帰りも大汗、<あのころ>スキー列車超満員

【社会ニュース】 2011/02/09(水) 08:00

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 1974(昭和49)年2月9日、連休目当てのスキー客で上野駅は空前の大混雑。臨時の“スキー列車”もフル回転したがホームに人があふれ乗車券発売を中止、階段規制や改札止めを繰り返すが列車に乗れないスキー客も出た。上越沿線スキー場は翌日曜日に12万人の人で埋まり、スキーヤー同士の衝突事故も相次いだ。

(情報提供:共同通信社)



特集ワイド:伝来100年 今も楽しいスキー場

特集ワイド:伝来100年 今も楽しいスキー場

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スキーをして70年、世界選手権出場経験のある野明初子さんは「今はゆっくり流して滑るのが楽しい」と話す=宮田哲撮影

 今年は日本にスキーが伝えられて100年。若者がゲレンデにあふれた90年前後のスキーブームは遠い昔となり、近年のスキー場は寂しい風景も多かった。だが、復活の兆しも見えてきた。最近のスキー場は、どう進化しているのか。【宮田哲】

 ◇リフトは木造、家の前の道でも滑った
 ◇「まずいラーメン」でもピークは年1860万人
 ◇ファミリー層や外国人客取り込み、格安化

 長野県野沢温泉村の野沢温泉スキー場。土曜日の午前10時、ゴンドラで着いた標高1400メートルの上ノ平ゲレンデは氷点下6度。緩やかな斜面なので、スタートする顔ぶれはさまざまだ。カラフルなウエアのスノーボードの若者たちに、壮年のスキーヤーたち。後ろ向きで滑りながらわが子に手ほどきする父親も。ただ、東京都福生市の女性看護師(33)は話した。「同世代の仲間はもうスキー場に来なくなりました」

 ふもとの日影ゲレンデで、村に住む野明初子さん(74)と会った。58年、61年と全日本スキー選手権アルペンで3冠に輝き、62年に仏シャモニーでの世界選手権に女子で初めて出場した。「4歳くらいからスキーを履きました。車もほとんど走らなかったから、家の前の道路でも滑っていました。選手時代は同じ板を3シーズン使い全種目に出ました。板が体の一部みたいになりましたね」

 ◇

 五輪選手14人を輩出した村には日本のスキー史が脈打つ。日本のスキーは、1911(明治44)年にオーストリア・ハンガリー帝国(当時)の軍人、レルヒ少佐が新潟県上越市で日本人に教えたのが最初とされ、同村にスキーが伝わったのは翌12(明治45)年。大正時代にスキー場が開設され、野明さんが中学生だった50年、木造のリフトが完成。時代と共にリフト数は20を超え、若者でにぎわった。だが、91年度に利用者110万人に達した後は下り坂で、06年度には30万人にまで落ち込んだ。

 全国の傾向も同様だ。レジャー白書(日本生産性本部)によると、スキーの参加人口は、93年の1860万人がピーク、07年には560万人にまで落ち込んだ。背景に不景気などを挙げる関係者は多いが、新潟県観光振興課は「金がかかるというイメージがある。リフト代など料金に見合うサービスを怠った部分もあるのではないか」と話す。

 スキー専門誌「ブルーガイドスキー」の阿部雅彦編集長は「まずいラーメンを出しても人が来て、てんぐになっていた時代があったことは間違いない。だが、今はどうしたらお客が来るか、真剣に考えて進化したスキー場もある」。確かに、09年のスキー人口は720万人で、回復基調にある。

 野沢温泉スキー場も復活を模索してきた。05年には経営効率化のため、村営から民営に転換した。取り組みの一つが家族向けのサービスで、雪遊びのできるキッズパークやそりのコースを開設。一昨季は託児所と離れたゲレンデの間の送迎サービスも始め、今季はブーツを脱いで休める親子専用の休憩所も設置した。「育った子供もしっかりもてなしたい」(運営会社の河野博明社長)と、中学生のリフト代を子供料金にしている。スキー場にいた、妻(29)と2歳の長男と来た男性(30)は「子育てなどがあったため、5年ぶりのスキーです。野沢はゲレンデがよく、キッズパークもあるため選んだ」。

 家族向けサービスに力を入れる施設は多い。若い頃にスキーを楽しんだ層に子連れで戻ってきてもらい、子供にもスキー好きになってもらうためという。福島県磐梯町のアルツ磐梯は、会員になれば、大人1人と小学生1人分の1日リフト券が5500円で、別々に買うより2900円得になる。巨大遊園地(小学生以上有料)やスキーで巡るフィールドアスレチックを設け、託児所、家族専用レストランなどを集中させた「ファミリーフロア」もある。

 阿部編集長は「道具も進化し、スキーは楽しくなっている」と語る。十数年前に登場したのがカービングスキーと呼ばれる短くて、前後の幅が広い板。初心者でも簡単に曲がれるのが特長だ。格安ツアーも多く、関東から北海道のスキー場への2泊3日のツアーでは、飛行機代、ホテル宿泊、リフト券込みで2万円台から販売されている。信越方面への関東発日帰りバスツアーなら、リフト券付きで数千円からある。

 ◇心も体も鍛えて--13回目を数える冠大会もある俳優・神田正輝さん

 ただ、スキー場が快適になっても、滑りに胸が躍らなければ意味がない。野沢温泉で会ったベテランスキーヤー(60)はスキー離れを「寒くて風邪を引く。家でゲームの方がいいということなのか」と嘆いた。スキー上手で知られる俳優の神田正輝さん(60)に魅力のありかを聞いた。

 「決まったコースを滑れるわけでない。風が吹き、雪も降っている。スキーは一秒たりとも同じ状況がない。全身の神経を敏感に使わないといけないところがいい」

 初めて滑ったのは小学6年生。中学生の頃は土曜の夜行列車でスキー場に通った。大学ではスキー漬け。米国メーカーの新製品を試すテスターの仕事もした。卒業後に俳優になり、休みが取れずに中断した時期もあったが、娘が幼い頃にはせがまれてゲレンデに。「ここ十数年はずっと続けてます」

 一番よく滑った志賀高原では、ホテルなどが実行委員会をつくって毎年「神田正輝カップ」と名付けたスキー大会を開き、今年で13回目。「晴れた日の遠くの雪山を見るのが好きです。志賀高原なら黒姫山が見えて絵のようなんです。せっかくこんなに雪が降る国に住んでいるんだから、スキーで体も心も鍛えてほしい」

 日本のスキー場の良さは今や外国人が注目する。野沢温泉の外国人の宿泊客は09年は約6500泊と、05年の4倍近くに。多くをオーストラリア人が占める。地元は長野、新潟両県などでつくる誘致委員会に参加し、豪州でのPR活動にも参加してきた。ゲレンデで、家族4人で休暇を楽しむダイモン・バードさん(43)は「とてもいい雪質だ」と満足そうだった。

 午後のゲレンデ。野明さんが語る。「けがをすると大変だから、今はなかなかできなくて。でも天気が良ければ滑りたいなと思います。風を受けて思う通りに滑るのは楽しいですよ」。今シーズンの初滑りをせがむとカービングスキーで、軽やかに下りてきて、「気持ちよかった」と笑った。

 スキーはいいな。板さえ履けば風になれる。

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 ◇「特集ワイド」へご意見、ご感想を

t.yukan@mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2011年1月31日 東京夕刊


スウェーデン流 冬の楽しみ方

スウェーデン流 冬の楽しみ方

2011年1月25日 朝日新聞

スウェーデン人が語るスウェーデンの暮らしや文化。イケア・ジャパンのスウェーデン人スタッフに「スウェーデン」を語ってもらうリレー連載です。今回は、イケア・ジャパンのトビアス・フリデルが、スウェーデンの冬の遊びを紹介します。

 スウェーデン人は、基本的に大人も子どもも外で過ごすのが大好きです。それはたとえ冬であっても同じこと。スキーやスケート、クロスカントリーなど、冬のアウトドアスポーツはもちろんのこと、森に散歩へ行くなど、自然との触れ合いを大切にしています。

 スウェーデンでは、自然享受権という法律があり、たとえ他人の土地であっても、そこの土地の物や自然を壊したりしない限りは、どこの場所に入っても良い、ということになっています。そのため、スウェーデンではきのこやベリーを摘みに、よく森に行きます。私が幼い頃は、毎年親戚が所有する森に、クリスマス用のもみの木を探しに行っていました。

 私が好きな冬の風物詩のひとつは、ストックホルムの中心街と郊外の間に流れる川が凍り、そこを人々が歩いたり、スケートをしたりしている光景です。電車からも眺めることができるんですよ。また、子どもたちも雪遊びが大好き。たとえば、雪のボールを作って中心に穴をあけ、そこにライトを入れる「スノーリクタ」を作ったりします。これを家の前に飾ると柔らかな光がともり、とてもキレイです。

 外で遊ぶことが大好きなスウェーデン人ですが、寒く暗い日にはやはり家で過ごすのが一番です。12月1日からクリスマスイブの24日まで、毎朝、子ども向けの連続テレビ小説が放送されます。その番組と紙で作られたクリスマス用のカレンダー「アドベントカレンダー」が連動しており、テレビ番組を見た後に、カレンダーのその日の所を開けると、関連した内容が現れます。物語は、大抵スウェーデンの有名な子ども向け絵本のお話で、この国民的なイベントは、毎年みんなの話題に上ります。

 親子で料理することも多いです。バークブレッドという冬に食べるパンやジンジャークッキーを作ったり、スメルキャラメルという、大きな一つのキャラメルのオブジェクトの中に、小さなキャラメルがたくさん入っている飴を作ったりします。また、家の中のデコレーションを手作りすることも多く、折り畳んだ紙を切って作る「ピッセル」という飾りや、キャンドル作りは定番です。

 親子で家の飾り付けや料理をすることは、スウェーデンの文化にとって欠かせません。というのも、スウェーデンではあまり外食をする機会がないのです。個人的な感覚ですが、日本と比べると10分の1程度しかありません。ほとんどの場合、食事は人の家に出向くか自分の家に人を招きます。よって、家での過ごし方や、客人のもてなし方について幼い頃から学ぶことは、友達関係においても、人生においても、とても大切なのです。

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長く寒いスウェーデンの冬。この時期、スウェーデン人は家で過ごす時間が圧倒的に長くなりますが、冬ならではのアウトドアスポーツでも、冬を楽しんでいます。

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スキーやスケート、クロスカントリーなど、冬のアウトドアスポーツはもちろん、森へのお散歩も。自然享受権により、多くのスウェーデン人が自然との触れ合いを大切にしています。

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外で遊ぶことが大好きなスウェーデン人ですが、寒く暗い日にはやはり家で過ごすのが一番です。親子でパンやジンジャークッキーなど、料理を一緒に楽しむことも多い。

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長い時間を過ごす家の中を、楽しく快適にデコレーションするのもスウェーデン人の冬の大切な過ごし方。

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トビアス・フリデル 南スウェーデンのルンド出身で、高校時代から日本語を学び始める。21才の時に、1年間岐阜に留学。大学を卒業後、2004年にイケア・ジャパンの立ち上げに携わり、イケア・ジャパンに入社。現在、ビジネスアナリストとして勤務する。




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岩谷高峰「トレーニングを再考する」1
岩谷高峰「トレーニングを再考する」2
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上林卓司「センターポジション」2
上林卓司「センターポジション」3
上林卓司「センターポジション」4

<技術解説本・DVD>
皆川賢太郎DVD
皆川賢太郎 スキー完全上達
皆川賢太郎 最速上達メソッド
浦木健太 GSテクニック
吉岡大輔 落とすGSテクニック
生田康宏 トップアルペンテクニック
竹節一夫 アルペンテクニック

<トレーニング論>
アスリート達は本当に速くなっている?
究極の鍛錬
俊敏性練習は、俊敏性を向上させるか?
「良いトレーニング、無駄なトレーニング」
「ゴールデンエイジ理論」の不思議
運動能力と遺伝、環境
筋収縮とエネルギー

<学ぶということ>
○科学的方法論
「仮説演繹法」再び。
アイスクリームを食べると、水死する?
科学的方法論のエッセンス
○学問のすすめ
米大学における多面的・総合的な評価
稲盛和夫「伸びる人、立派になる人、いらない人」
U.S. News Best Global Universities
いま注目されるリベラルアーツ教育
いちばんやさしい教える技術
人材育成の実践
新たな高等教育機関の制度化
快楽の人生、充実の人生、意味のある人生
全てリクルートから学んだ
創造性を発揮するには?
ノブレス・オブリージュ
大学入試成績と入学後の成績
修正版:博士が100人いる村
教えるということ
のめり込む力
ダニエル・ピンク:やる気に関する科学
ダン・アリエリー:仕事のやりがい
人間万事塞翁が馬:山中伸弥
人生はその時の最適解の積み重ね
量は質を生む
高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう
最初の3年で仕事人生の大半が決まる説
根拠なき自信
ノブレス・オブリージュ
中高生のための勉強法
自分の頭で考え、勇気を持つこと。
頑張ったらご褒美があるメンタリティ
自浄作用
いじめについて
タイガーマザーと文武両道

<その他>
インプレッサ路肩から這い上がる
美味しいコーヒーの入れ方
身近なコーヒーあれこれ
スーパーで買える美味しいコーヒー
辞めたくても辞められない
外食産業が日本を滅ぼす?
シナノ:なつかし写真コンテスト
福井県立歴史博物館:昭和のくらし
解放値の計算

<大会ルール(和訳)>
FIS競技用品規格
アルペンスキー国際競技規則(2010-11)
同 決定事項及び指導事項(2010-11)
アルペンポイントルール(2010-11)

<ポイント関連>
ポイントとは?
SAJ ポイントリスト
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プロフィール

ジュニアスキー

Author:ジュニアスキー
子供が小1の冬に家族でスキーを始め、すっかりその魅力にはまっております。小4から地元のスポーツ少年団に所属し、競技スキーを始めています。(現在中3)
ジュニアアルペン競技の情報ブログとしてスタートし、最近ではスキー全般、その他に関する話題も扱っています。
上欄のカテゴリから興味のある話題をお選び下さい。
(2009年7月25日開設)


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